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トキノツムギA面

1   デュー

 街の中央は大きな公園で仕切られている。公園に沿って大通りがあり、大きな建物や洒落た店が並ぶ。海を埋め立てながら人の手で開発されたこの街は碁盤の目のように綺麗に区画整理され、公園の左右は公園から遠くなるに従って道も狭くなり、気づかない内に商店街から住宅街になってゆく。適度に緑に覆われた人工の街は山と海と国道に囲まれており、住みやすいと評判だ。

 しかし、そんなことが分かりだしたのも最近のこと。
去年の春。今と同じ頃。デューはなぜか電車に乗っており、終電だ、と何の記憶もないままこの街に降ろされた。
 未成年が乗るには遅すぎる時刻の電車だったので、車掌はデューに年齢を聞いた。焦ったデューがポケットを探ると切符があり、車掌はその切符が成人料金であるのを見ると咎めはしなかった。
 しばらくは、「もしや何か犯罪を犯して逃げているのか」とか「そのうち家族が捜索願いでも出しているのがわかるだろう」とか、ビクビクしたり期待したりしていたが、普通に出歩いても警察に捕まりはせず、かと言って誰か探してくれているようでもなく1年が経った。

 この1年、夜になると毎日通っている裏通りに今日も行く。
この街に着いた夜、とりあえず手持ちはあり空腹だったので、空いている店が多いこの通りに入った。すると隣に座っていた女性と話が合い、何件かはしごして奢ってもらえた上に女性の家に泊めてもらえた。その時には遅くても数週間後に家に帰れるつもりだったので、その間はこうやって誰かの家に泊めてもらおうと考えた。
 だが数週間どころか数ヶ月経っても家に帰ることができないとなると、都合よく奢って泊めてくれる人がそう毎日見つかるわけでもない。
 1日空腹でシャワーも浴びられない状態と天秤にかけ、デューはやがて自分から積極的に誘うようになった。そしてそう心を決めると、驚くほど簡単に相手は見つかった。
 
 デューは自分の全てを差し出すことの対価に相手の体温をもらうことがそれほど嫌じゃなかった。夜に誰かと一緒にいること、起きると横に誰かいること。それは暑い中寒い中、寝るためだけに安い酒を買って飲み硬いベンチで無理やり横になり、夜中か朝かわからない暗さの中で1人目覚めることよりずっとマシだった。
 健康的な朝日に焼き殺されそうになり、夜の闇に自分の姿が隠れることを喜び、店に入り相手を見つけて生き返る。
 
 そうやって、デューは1年間生き延びて来た。

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