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トキノツムギA面

6  アルバート②

 何回か会うと大体バートの人柄というのがわかって来る。学生の頃モデルの仕事をしていたというだけに完璧なスタイルと美しい仕草を持ち、少しキツめの容貌でもあるのでなかなか近寄り難い雰囲気を持っている。
 しかし、流れこんで来る情報は極々穏やかでリッジにとって侵襲的ではなく、笑顔は人懐こい。しょっ中電話が鳴るのは仕事関係ばかりじゃないようで、モテているのが傍目にもわかるのだった。
「カリグラフィを取りに来たんですね」
「起きてたなら声をかけてくれれば良かったのに」
リッジの言葉に答えるバートの顔は心なしか赤い。
「取って来ます。すいません」
 やっとバートに背中を向けられたので、リッジは堪えていた笑いをちょっとだけ滲ませることができた。

 謝りながら寝室に向かおうとしたリッジが、あ、と言うように立ち止まった。が、そのまま寝室に向かい、ドアを少し開けて寝室に消える。今までにない妙な動きだ。
バートは、長年の経験からその動きが何を表すか即座に気づいた。
 中に人がいるのか。
そして、そういう場合の中の人は大体恋人だ。
 いやマジか。今までそんな素振り全然なかったじゃないか。
確かにこれだけ綺麗なリッジに恋人がいたとしても当然といえば当然だ。
それに今までは、いつに行くと事前に連絡してから来ていた。そりゃ常識として、仕事相手に会う時は1人で待機しているだろう。
 ショックが大きすぎて、この流れのまま仕事の話ができる気がしない。急な仕事のフリをして帰ろうか。いやしかし社会人として仕事に私情を持ち込むなんてガキくさい。
 
 数分の間にだんだん心労が嵩んできて、ついに
「いや、もう聞こう。うまい具合に、『人がいるときに急に訪ねてきてごめん』みたいな感じで言えば、何らかの答えが返ってくるはずだ」
と自分を追い詰める作戦に出ようとした時だった。
寝室のドアが内側から開こうとして開ききらず、隙間から硬質の用紙がリビングに滑り落ちてきた。
 どうも滑りやすい紙のようで、重ねて持ち運ぶのが大変そうだ。1〜2枚かと思っていたのに、束になるくらいの枚数になっている。
 一枚拾おうとしては一枚落とし、みたいなことを繰り返しているので、寝室を見ることを気にして待機していたバートも手伝いに向かうことにした。
 なるべく室内を見ないように俯きリッジから用紙束を受け取った時、ドアの隙間から、南国のフルーツのような甘く透き通った香りがあるか無きかに香る。
「ありがとうございます」
 決まり悪そうな表情でバートを見上げるリッジは、ドアを背中で閉めながら立ち上がろうとして少しふらついた。

 


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