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トキノツムギA面

4 公園

 大通りを横断し公園に入った一瞬、木や動物ではない雰囲気が引っかかった。
 誰かいる?
人がいないと予想して歩いていた公園なのに、この夜中に人がいるようだ。

 公園内に灯りは少なく、目の届く範囲に人影はなかったが、リッジの頭に微かな映像が流れて来る。
狭い部屋、巻き毛の男性。
 なんだろう?
一旦足を止め、情報がやって来る方向を探る。
 あっちか?

 しばらく歩くとベンチが見えた。近づくと、誰か横たわっている。
ぐっすりと眠っているようだった。
 少し癖のある黒髪は肩くらいで、少年なのか少女なのかパッと見では判別できない。何も情報がなく急に見つけたなら生身の人間とは思わなかったかもしれないほどに、精巧に作られた人形のような美しさだった。
 何か制服のようなスラックスと白シャツ。少し広く開いたシャツの胸元から、少女でないことがわかる。
 リッジは意識をさらに少し開く。
と、続きの映像がテープの逆回しのように頭に流れだした。
コンビニ、男性、飲み屋、昼、朝。その朝は高級ホテルの部屋で、一緒の男性はさっきの巻き毛の男性ではなかった。そしてまた、別の部屋の別のベッド…
 しばらく見て映像を止める。少年がどうやって生活していたのかよくわかったからだ。はあっとため息が漏れた。体力と精神力が削られた感がある。

 わずかに余っているベンチの隅に腰を下ろし、改めて少年を見た。
この場合、大人としてどう行動すれば良いのだろう。
 リッジの中でチャートが展開する。
1 警察に連絡 →少年が補導される可能性 →少年に事情があった場合申し訳ない。
2 このまま置いておく →少年の身に何かあった場合心の痛み半端ない。
3 起こす →ここまでに少年に起こっている出来事によっては、不審者か犯人に思われる。
4 起きるまでここで待機。
普段なら4一択だが、今は徹夜明けなので体力的に不安だ。
とすると、自分のみ被害を被るが事情も説明できそうな3がまだマシな気がした。

「あの、すいません」
ボソッと声をかけるが、予想通り全く反応しない。
 だろうね。
リッジは心中1人ごちる。
このくらいで目を覚ますくらいならリッジが近づいた時点で起きるだろう。
 そっと肩を叩いてみるが反応しないので、再び肩に手をかけ、今度は揺らしてみた。
 全然起きねーじゃん。
もう少し激しく揺らした方が良いのか、と手を伸ばしかけたが引っ込めた。
 もうこのまま起きない気しかしない。となると、起きるまでここにいるか家に連れて帰るしかなくなる。ここで自分まで動けなくなる可能性を考えると、連れて帰る方がまだマシな気がした。
 幸い少年はリッジより背が低くかなり華奢だ。何とか抱き上げて帰れるだろう。自分の体力と少年の体重を秤にかけあれこれと考えていると、急に少年がガバッと起きた。
「うわっ」
と体を離しながら出した声はそんなに小さくはなかったはずだが、起き上がった少年は全く動かない。

 体を預けるようにベンチに座っている少年の顔を覗き込んでみると、豊かなまつ毛が影を落とす瞳でぼんやりと地面を見下ろしていた。生気がないというほどでもないが、話しかけて答えられる感じでもない。
 さっきの映像は数時間前だったはずだ。それから今までの間で何が?
正面にしゃがみ込み、膝の間に下ろされている手をとった。掌を調べ、手の甲を調べる。
 その時、少年の手が、リッジの手をふわりと掴んだ。

 ギョッとして、繋がっている手に目を移した。自分の両手が見える。それを掴んでいる少年の指が見える。自分の体温と少年の体温が徐々に溶け合ってゆく。

 リッジにとって、体が物になったのはいつからだろう。体とは、分析し、メンテナンスを行い、パフォーマンスを維持するためにコントロールする道具。
 そんな道具に、重なった手から体温が点り、血液がゆっくりと流れ出す。乖離していた体と心が一瞬縫い合わされ、生命が少年と自分の体を回る。
体に染み渡ってくる感情を愛情と名付けようと思ってリッジは否定した。
違う、これは。
 これは、「慈しみ」だ。

 リッジは少年の手を握り返した。
この手は、相手が離す時まで離してはいけない気がした。


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