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トキノツムギB面

4 アイリスの過去①

 そういう習慣なのだろう。同室の友人は、起きてさえいれば、いつも自分の夜歩きを見送ってくれているのをアイリスは知っている。そしてその行為はとても重要なものなのだとも、身に沁みて知っていた。

 アイリスの家は代々執事だった。高校を卒業したら執事学校に入り、どこかの屋敷に住み込みで働く。幼い頃からそれ以外の仕事を考えたことはなかったので高校を卒業するとすぐにカリキュラムに入り、18で終了した。家族の伝手と執事学校の成績のおかげで就職先はすぐ見つかり、奥さんが全ての業務をこなしていた新興商家に初めて雇われる執事として勤めることになった。
 使用人があまり多くなかったので執事兼召使のような役回りになり、必然的に主人の家族とより親しくなった。アットホームな雰囲気の中で家族の一人のように扱ってもらい、特に、屋敷の中で最も歳が近かった一人息子のフィンリーとは良く話をした。
 
 その日もいつものように部屋のドアから少し顔を出したフィンリーは、アイリスを見つけると素早く周りを確認して、部屋に引っ張り込んだ。
「坊っちゃま。仕事以外で使用人を部屋に入れてはいけませんと、何度も申し上げているのに」
「父さんだったらともかく、こんな16のガキ、誰も相手にしなくない?」
フィンリーはアイリスの心配をよそに、返答に困るそんなことをサラッと言うと続けた。
「あ、でも16っていう成人扱いされる年齢になった訳じゃん?坊っちゃまはやめて、せめて名前で呼んで」
というその容姿は美女には見えるが男性っぽさはほぼ皆無で、アイリスはつい微笑んでしまう。
「いいけど!まだこんなだけど!来年にはアイリスくらいの体格になってるはずだから」
「多分、坊っちゃまは私などより背が高くなられますよ。ベイリー様は、背がお高いですから」
 実際、フィンリーの父親であるベイリーは筋肉質で背が高い。兵士にでもなりそうな体格だったが大変な近眼で、厚いメガネと立派な体つきのギャップが何となく愛嬌があるような人物だった。母親であるヘレンも女性にしては背が高く、いつでも背筋を伸ばして姿勢良く立っているヘレンと体格の良いベイリーが並んでいると、それだけで威圧感があるのだった。
 こうして15分から30分くらい取り止めのない雑談をするために、フィンリーはアイリスを部屋に呼ぶのだ。時にはティーセットまで用意してあることもあり、給仕をするという名目で1時間近く話をすることもあった。

 6時に起き、夜中の1時2時くらいに就寝ということもそう稀ではない仕事の中で貴重な時間をフィンリーのために割くのは、フィンリーが忙しい父母に気を遣い、甘えたりわがままを言ったりしたことがないのを知っているからだった。そして、この秋から全寮制の高校に行くので、アイリスともそう会えなくなるのを寂しく感じているのも良くわかっていた。


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