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トキノツムギB面

15  ソーヤ邸①

 アイリスとリアンは、ここ一週間ばかりソーヤの屋敷に泊まっていた。
リアンの様子見ということもあるが、一番の理由はアイリスを狙ったのが誰かがはっきりしないからだった。ソーヤの情報網を駆使した結果、当時店にいた客の関係者であることが判明し、これ以上の手出しはしなさそうだということが分った。そろそろ大学寮に戻ろうかというところだ。
 暇すぎて一週間通いづめた図書室にアイリスが行くと、入口から階段3段くらい掘り下げられたところにある中央の丸い空間でソーヤがサーベルを構えていた。
横の机には、開かれた本が置いてある。

 人が入って来たのに気づいたソーヤは本に向けていた視線をそちらに向けた。
「ああ、アイリスか。リアンの様子はどうだ?」
「いつもと変わりません。腕が鈍るとか言って占いの練習をしています」
アイリスが答えると、ソーヤは片手で一度サーベルを振り、刀身を一見してから鞘にしまう。
 一連の仕草は優雅だった。巻き上げていたブラウスの袖を下ろすとアイリスを見上げる。
「それは良かった。お前も安心だろう」
本を閉じて上がって来ようとするので、聞いてみた。
「そんな本、ここにありましたか?」
閉じた本の表紙に目をやるとソーヤは言った。
「ああ。あまり目につくところに置いてないからな。魔術の本だし、私ぐらいしか見ないだろうと思ってな」
「魔術ですか?」
ソーヤはアイリスを見上げ、悪戯っぽく笑う。
「魔法ではないから、あまり派手なことはできないぞ。せいぜい浄化したり物に精霊をつけたり、疲労回復くらいだな。感覚を狂わせたり小動物を軽く操作したりはできるかな」
「物を消したりはできますか?」
ちょっと考えて、ソーヤは答えた。
「うん、できなくはないかもしれない。小物や小さいものなら。消すというより、そこに意識を向けないようにするという感じだとは思うが」
「そうですか…」
答えながらアイリスは思う。
 やはり家を物理的に消すなんていうことは無理なのか…
返答がないことを訝しむように、ソーヤは言った。
「…お前、何か探しているのか?」
はっと気づき、アイリスはソーヤを見た。
  女性にしては背が高い銀髪の騎士は、素人が入るべきではない店で厄介ごとに巻き込まれた客人を責めても良いのだった。しかし見上げる紫の目は柔らかく、軽く浮かべた微笑みは優しい。
 ここで隠す必要があるのか?
この騎士は親切で善人だ。しかも国直属の騎士なのだ。アイリスには手に入れられない情報にもアクセスできるかもしれない。
ふっと息を吐き、アイリスはソーヤを見た。
真剣なのが分かったのだろう。ソーヤも笑みを収めてアイリスを見る。
「…私の、ご主人様方を探しています」
その言葉を、ソーヤは深く追求しようとはしなかった。
「なるほど」
一息間を置き、それだけ答えた。


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