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トキノツムギA面

17 カイの過去

 カイはこの国と隣の国の境にある国境村の出身で、そこは村全体が大きい城壁の役割を果たすという珍しい土地だった。
 土地の特性から、男性の職業は大体兵士で、そのまま国境を守る者もいれば他国の軍に傭兵として雇われる者もいて、何もない時は農業や畜産業を営んで暮らしていた。
 
 カイも例に漏れず国境警備隊として働いていたが、自給自足ができないものを買い足しに街に来ることもあり、やがて、そこで出会った女性と一緒に暮らすようになった。
 国境と街は通えるほどには近くなく、どうせ単身赴任になるならと、実入の良い傭兵になることにした。数ヶ月単位で家を離れることになるが、年に一回か多くて2回くらい仕事に行けば一年暮らすのに十分な金になる。そしてカイの村では、そうやって働いている家庭持ちもたくさんいた。

 赴任先から数日かけて家に辿り着いたその日、鍵を開けて入った家には人の気配がなかった。そして、しばらくここに誰もいなかったことを感じさせるように、シンと生活感のない部屋に埃が香っていた。
 金品はもちろん服一枚も無くなっていなかった。きちんと片付いた部屋には片付けた人間の意思を感じさせるものがあり、寝室に見慣れない小物を見つけたカイは、自分に息子ができていたことを知った。
 それを見た時、自分の中で妙に納得するものがあった。
 
 子どもが生まれたことを知らせることもできないような男とは、そりゃ一諸に子どもを育てようと思えないのかもしれないな。
 一人で育てる決心をしたにしろ、誰か他の相手を見つけたにしろ、それが自分と一緒にいることより幸せと思えたのなら、もう見つけない方が良いのだろう。
 出て行ったことに対して怒りは感じなかった。
 ただ、自分の中にある生きる気力のような物の全てが、ストンと消えた。

 机の上に酒瓶とピストルを並べて置き、眺め続ける日々を何日過ごしていただろうか。
 あの時何故、すぐに死を選ばなかったのかは自分でもわからない。おそらく、そこまでの力が湧かなかっただけなのだろうと思う。
 そして多分、運も良かった。
 友人と連絡が取れなくなったことを訝しんだメイが家に訪ねて来たのだ。
 それがなければ、いずれ自分はこの世にはいなかっただろう。


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