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トキノツムギA面

12  リッジ家の不審者

  そっとベッドから降り、机のペン立てからペーパーナイフを取った。それを逆手に持ち腕の陰に隠すように構えると、ドアを開けられても少し時間が稼げる位置、蝶番側に身を寄せしゃがんだ。
 広く薄く開けていた意識を集中させ、無言で歩き回る一人一人に向けてみると、どの人物も一人の人間のことだけを考えている。
 あの少年…?
バートに連れて帰ってもらった、あの少年だ。
 ふっと息を吐き、ペーパーナイフをクルリと器用に回すと元のペン立てに戻す。そしてまたベッドに戻り、布団を被った。
 
 狙いが今ここにはいない少年なら何も問題はない。しかもリッジは実際に病人なので部屋を覗かれても大丈夫だ。
 などと思っていると、予想通り部屋のドアが開いた。足音を立てずに女性が入って来て、リッジの様子を覗き何か驚いているようだ。
 その一連の動きはどこか礼儀正しい感じもあり、このまま寝たフリをしていたら大丈夫だろうと思っていたら、案の定、何もせず静かにドアを閉めて去った。残り香のように、女性の感情がたゆたって消える。
 3人の気配が玄関から外に消えた時、リッジはふと思った。
 いや、知ってるぞ。
どれかとはっきりはわからないが、リッジが知っている何かがある。
  今ならまだ三人の記録が居間に新しいはずだ。確認しようと寝室から出たものの、目の前の景色が薄く幕を張ったように見えて体の中は熱いのに異様に寒い。この体力で意識を開いたのはやはり良くなかったらしく急激に熱が上がっている。
 強制的に意識を閉ざさないとヤバい。
と思ってる先に、意識がザッと広がった。
 
 身の回りの全部の歴史が速度を増しながらなだれ込んでくる。
洪水のような逆コマ回しの映像はだんだん溶け崩れただの色の流れになり、色すら見えずただ影らしきものが過ぎていくようになり。
 視界が、ホワイトアウトする。
 目の奥で、濃く青い空をくっきり地平線で区切る、どこまでも緑の草原が煌めいて消えた。

 意識を全開放すると相手の数秒先まで見れた。こちらから攻撃することもなく武器を使う必要もなく、相手の数秒先の動きに合わせて、あるいは街中、あるいは崖下へ避けながら誘導する。それはとても楽だったので、リッジは何度もそれを使った。
 相手の数秒先を見ることは自分の命を数秒削ることだったと気づいた時には、すでに姉の旅になどついて行けない体になっていた。
 これがきっと、自分が見る最後の外の世界になる。
思いながら眺めた遊牧民族の国の草原が、いつまでもいつまでも心から消えない。

 

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