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トキノツムギA面

32   高校とバイト②

 「うわ、急にどうしたの」
案の定バートも驚いているが、入ろうと言った当の本人はほぼ仕上がった店内を見回すのに忙しいらしく、何の返答もない。
仕方なくデューが答えた。
「そこの高校の商業科に入ることにしたんだよ。で、勉強のためにここのバイトもしてみようかなと」
ついにリッジは店内を歩き出し、もうこの会話に帰って来そうになかった。
「え、本当?助かるよ。まだ店員の募集もかけてないんだけど、それなら思ったより早く開店できそうだな」
 週に何日とか何時からとかいう話になり、学校のスケジュールを確認するために近くのテーブルに座る。こここそ保護者同席のとこだろと心中デューは思ったが、諦めてバートと2人で決めることにした。

 そんな2人を尻目に、リッジは店の雰囲気をじっくり観察していた。
カフェバーと言っていたのでもう少しクラブ寄りの店をイメージしていたが、予想を裏切るインテリアだ。白が基調の店内に、色とりどりのビー玉が埋め込まれた壁、机は木肌が見えるようにオフホワイトで塗られており、同じ塗りの椅子にはカラフルなクッションが置いてある。店奥のカウンター席は本物やフェイクの観葉植物に埋もれるようにあり、小鳥の人形なども止まっている。机とカウンターにあるランプ横にはリッジのカリグラフィーを使ったメニューが置いてあり、注文どおりに複数色で書いたそれは、適度な自己主張でそこに収まっていた。
 女性向けの店か。
良いターゲット層だと思う。この辺は働く女性も多いのに、飲み屋というと居酒屋で、バーと言うと本当に酒のための店だ。女性が気兼ねなく入れ、軽く飲み食いできるのは嬉しいだろう。ここならデューが働いても大丈夫そうだ。
「バイトってデューだけ?」
店中央あたりの机でデューと座っているバートに声をかける。
「そうだね。主に俺と、あとは俺がやってる他の店からの応援かな。っても来るの洋服屋なんだよ。デューが行く高校で誰かバイト来てくれないかな」
予想通りの返答だ。
「回すのだいぶキツそうだな。開店時間と店休日で調節するの?」
「ま、最初は赤字覚悟だね。こういう店があるってまずは周知してもらえれば」
答えたバートは
「俺も手伝いに来ようか?」
とサラッと答えたリッジの言葉に思わず聞き返した。
「大丈夫なの?立ち仕事できるの?」
見るからにイラッとしたリッジがバートを見る。
「一言目それかよ」
いや、それが一番大事だろと思う。
「就職するわけでも連勤するわけでもないんだし、普通できんだろ」
そうだとしても、ただでさえデューと暮らすといういう新しいことをしていて、更に生活ペースが崩れるのは負担なのではないだろうか。何しろ、一日徹夜するだけで数日熱を出す人間なのだ。
「いや絶対、どっかですごい体調崩すでしょ」
ぼそっと呟いたバートに、デューが無言で何度もうなづいている。
2人の言動にムカつきはしたが、リッジ自身も、何らか体の変調があるだろうなと実は思っている。だが。
 一番の問題は体力じゃないんだよ。
問題は、自分の能力をいかに柔軟にシャットアウトできるかということだ。従者として回っている時は警備の名目で人から離れていられたし、その後も家で1人で仕事をするだけだったので、複数人の中でどれだけ意識を張っていられるかの消耗具合がキーなのだと思っている。
 デューと暮らし出して、他人がいる生活というのをだんだん思い出しつつあるリッジが痛感するのは、人は自分だけの都合では生活できないということだ。そして、想像がつかないことをする他人を受け入れながら一緒にいることが、楽しいとも思っている。
 手伝いたいのは、人とまともに関わる練習をしたいからでもある、と言いたいが、うまく説明する言葉が見つからない。口をついて出て来るのがいつも憎まれ口ばかりなのには、リッジ自身も歯がゆい思いをしているのだった。


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