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トキノツムギB面

11  管理者①

 とても爽快な気分で男は目覚めた。
前と同じ場所のようで、相変わらずベージュの三角天井は陽光を薄く通し、テント全体が薄明るい。
“起きられました?“
フルートの音のような、滑らかで透明な声が頭に直接響いた。
“誰かな“
心中つぶやいたが、声の主に伝わったらしい。
“私はここに派遣されたものです“
“派遣?誰に?“
“管理者様に“
言っていることが全然わからない。そもそも
“何も覚えていらっしゃらないでしょう。それで良いのです“
そう、男は何も思い出せなかった。
“あなたは多分、イレギュラーだったのだと思います。私は、あなたと共にいる指示を受けました“
「何で俺の側に?」
“私もよくわかりません。私は管理者様の手足。やるべきことはわかりますが、それが何故かはわかりません“
ここに2人いて、どちらも何もわからない状態で、一体何をどうしろと。
“あなたは私と共にいなければここで生命を繋げないということだけはわかっています。それで、どうしようかと考えてはいたのですが“
男の視線は反対側の奥にある簡易台所のような場所に、自然と導かれた。
“頻繁に来てくれる、ここの担当者の騎士がいます。その方に頼んでみました“
細工の凝ったピアスが1つ置いてある。
薄い銀で花なのかマンダラなのかが透かし彫りしてあり、そこからデコラティブなチェーンが数本垂れていた。チェーンの先には石がついており、その内一つは円錐形だ。
〝私がこのままあなたの中にいることも考えたのですが、それだと、あなたの考えが全て私に筒抜けになり嫌かと思いまして〟
と笑みを含んだ声で続けた。
〝私はこれから、このピアスの中にいることにします。必要があればお話ができます。本当に困った時には呼んでください〟
え、呼ぶってどう?
と男が思ったのは聞こえているはずなのに、
〝では〟
と声は消えた。男は今起こったことを整理しようとしばらくそれを見つめていたが、何も記憶がない上、管理者というもののことも全く分からないので、時間の無駄に思えて諦めることにした。
 結局、これしてないと死ぬことしか分からなかったじゃん。
思ってぼんやりベッドに座っていると、丁度情報源のもう1人がやって来た。

 テントに入ったソーヤは、男がベッドに座っているのを見つけた。
男が起きているのは2回目だ。1回目は突如ギョッとするほど機械的に起き上がり、何かアクセサリーを持って来て欲しいと頼まれたのだった。
「……何か足りなかったか?」
もっと言うこともあったのに、思わず聞いてしまった。
「何か?」
前とは全く違った、声色で困惑の返事が返って来る。男は少し何かを考えるようだったが、はたと気づいたように答えた。
「すいません、俺、これつけられますかね?」
とピアスを示し、聞いてくる。
「と思って持って来たのだが。アクセサリーと言ってもネックレスはじゃまだろうしイヤリングは落としやすいかと思ってな。まあ指輪でも良かったが、お前のサイズがわからなかった。別の物を持ってくることもできるぞ」
「ああ…そうか。いや、それならピアスの方が良いか…」
一人呟いた男は自分の耳のピアスホールを探りながら言った。
「なんか管理者?の手足って言う何かにこれつけてないと死ぬって急に言われまして。もう何がなんだか」
 私も何がなんだかなのだが…
思いつつソーヤは答えた。
「管理者とは世界樹の管理者のことだろう。この山にいると言われている。頂上が聖域だが」


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