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書評1 「ヒトのオスは飼わないの?」米原万里=著

タイトルからするに女性目線の男性論的な内容を想像しがちだが、この本は作者である米原万里氏が飼っている犬や猫についてのエッセイである。人間の男女の色恋沙汰は全然出てこない。書籍タイトルの「ヒトのオスは飼わないの?」は、米原氏が飼っている犬や猫がどんどん増えていることを恩師に宛てた年賀状に書いたところ、「早くヒトのオスを飼いなさい」とパートナーを見つけることをせかされたことに由来しているとみられる。なお、彼女はすでに故人となっているが、生涯結婚はしていないようだ。

この書籍は、本編22章とあとがき、解説で構成されている。基本的には彼女の飼い猫である無理と道理(ドリ)、ターニャとソーニャ、飼い犬のゲンとノラを中心に話が進んでいく。米原氏のもとに来た順番としては、無理と道理→ゲン→ターニャとソーニャ→ノラという流れだ。

とくに印象に残ったのが、本編後半の「ゲンの変貌」だ。最初に米原氏のもとに来た時には、訪問客にも全くと言っていいほど吠えないおとなしい犬だったが、1年ほど経った後からはよく吠えるようになった。米原氏がこのことをかかりつけ獣医の荒川先生に相談すると、「ゲンは米原さん家を終の棲家と認識し、自分が守らなければならないという自我が芽生えたんですよ」という。冒頭で描かれるのだが、ゲンは通訳者である米原氏が茨城県の東海村で開催されたシンポジウムに出席した際に見つけた捨て犬だった。最初はまた捨てられるのではと不安で遠慮していたが、ようやくこの家が仮の住まいではなく本当の家だと自覚したということだ。

この本に書かれているのはいい話、楽しい話ばかりではない。先にいた古参の無理と道理が、後から来た新参者のターニャとソーニャに嫉妬し家出してしまうなど、猫の習性もしっかり描いている。また、ゲンはある雷の夜に失踪したっきりそのまま見つからないという突然の別れも記録されている。

ペットを飼っている人は「自分のペットは家族のようなものだ」とよくいう。僕自身は、子供のころ喘息持ちだったのとそもそも家が団地だったため、ペットを飼ったことはまったくなかった。故に理解はしてもイマイチどこかペットと人間の関係性について実感できていなかったが、この本を読んでいると、飼い主がどれだけ自分のペットを愛しているのか、そして愛情を注がれたペットも飼い主のことをしっかり家族の一員だと認めているのがよくわかる。

この本は、人間とペットの悲喜交々の「リアル」を描いている。ペットを飼っている人だけでなく、あまり犬や猫に縁がなかった人にもおすすめできる1冊だ。


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