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3年半の息子との「ブラブラ期」を終えて

もよ

息子の幼稚園入園が
コロちゃんの影響で延期。

しかし2020年6月、
ついに息子が幼稚園に通い始めた。


3年半、息子とべったり過ごした
「濃密な時間」が終わった。



この3年半、本当に大変だったし

「もういつでも幼稚園に行っておくれ」
と思っていたのは事実(笑)。

でもそれ以上に
「この三年半、専業主婦を選んでよかった」
そう思っているのも事実だ。



「この3年半、何してたの?」
と聞かれたなら私は、

「息子とブラブラしてました!」
と自信をもって答える。

ブラブラ?

ブラブラ!?



それは
友達から「ブラブラ期」のことを聞いて
すごくいいなと思ったからだった。


ブラブラ期って何?

日本のお母さんたちが恐れる
2歳くらいから訪れると言われている
かの有名な「イヤイヤ期」。

でも

イヤイヤ期という言葉のない国が
あるそう。

どうやらイヤイヤ期は
発展した都会の国だけのものらしい。



たとえばチベットのある村では

歩きはじめた子供は1日中、
近所を「ブラブラ」しているとのこと。


子供はお腹がすいたら
自分の家に戻ってごはんを食べたり

もしくは
「ごはんください」と近所のお家をたずねて
ごはんをもらって食べたり・・・

トイレをしたくなったら
その場で用を足し
近くにいた人におしりを拭いてもらったり

眠たくなったら、
その場所で寝たり
近くのお家で昼寝させてもらったり・・・



2〜3歳の子供たちは1日中、
ただ近所をブラブラしていて

近所の人たちにただ見守られながら
1日を自由に過ごすそう。


これぞ、野放し!(笑)


日本に住む私たちの環境では
もちろんそこまではできないけれど

ブラブラ期から学ぶことが
たくさんあるなと感じた。


きっとブラブラして過ごすことこそが
2〜3歳の子供にとって
1番自然な姿なのかなと感じたからだ。



地球に生まれて
ほんの数年間の子供たちには

ブラブラしながら

地球になじんだり
地球の基本的なことを知ったり
ただ好奇心のままに生活する時間が必要で

それが
「本能」のようなかんじで
インプットされているのかも。


その大切な時間を
奪われそうになったときに

子供たちは、全力で拒否する。

それがイヤイヤ期を激しくする
原因だったのかもしれないなと。


それなら、
できるだけブラブラさせてあげれば
イヤイヤしなくなるんじゃないか?

そんな気持ちで
息子とブラブラするように心がけた結果
効果は抜群だった。

私と息子の都会版「ブラブラ期」


私たちが住む日本では、
さすがに子供を野放しにはできない。

1番ブラブラしやすいのは
「公園」なので

できるかぎり
公園に行くようにした。


お弁当をもって
朝の10時くらいから4時くらいまで
公園でブラブラしていた日も
数知れず。

でも

息子は1日中ごきげんで

だから
私もおだやかでいられて

1番平和に1日を過ごせる。



お弁当をもっていかない日でも

「お腹すかない?」
「母ちゃんお腹すいたな〜」
って帰りたいアピールはするけれど

息子が「お腹すいた。帰る。」と
自分から帰ろうとするまで
気長に待つようにした。


12時に帰ってくれるときもあるし
3時になっても帰らないときもあるけれど

息子から帰るというまで待てば

無理やり自転車に乗せて
泣きながら帰る・・・
みたいなことにはならなくなった。



スーパーで
カートに乗るのが楽しくて
降りたがらない息子を乗せて
スーパーを18周したり(笑)

お風呂で1時間以上遊んで
夜ごはんがおそくなってしまったり

お風呂のあと
真っ裸で楽しそうに走り回る息子に
無理やり服を着せるのをやめて
「服着る!」というまで
放置するようになったり

ひたすらプチプチをつぶすのに
夢中になっている息子のために
100均でプチプチを買い足したり。


・・・これができるのは

あまり時間に制限のない
専業主婦だからだと思う。


今自分がやりたいことを
やりたいだけできている日の息子は

ごきげんで、楽しそうで、生き生きしてる。

そんな息子の様子を見ていれば
このブラブラしたすごし方は
まちがっていないと
心の底から思えた。


逆に

大人の都合で
ショッピングモールなどに行くとき

週に1回、2時間のプレ幼稚園に行くとき

長時間せまい場所にいるとき

静かにしないとダメな場所
触っちゃダメなものがたくさんある場所
にいるとき(スーパーとか)

・・・などなど

何かしら制限があったり
今やることを決められたりするような
場所では

イヤイヤが発動して
すごくすごくこじれる。



「でも、生活リズムを整えたり
ルールを教えたりすることも
必要じゃない?」

そんな声も聞こえてきそうだけれど

幼稚園などに入ってからの
長い長い人生、

リズムだらけ、ルールだらけ。


集団の中でリズムやルールは
自然と学んでいくだろうし

それならば

生まれてからのほんの数年間、
リズムやルールはとりあえず脇に置いて

ただブラブラして
好きなように過ごす。


そんな時間があってもいいと思うし

その「意味のない時間」を過ごすことこそ

その後生きていく上での
すごく大事な土台になるんじゃないかなと

私自身は感じるようになった。


お母さんが子供にイライラする理由

子育て中には、
いろんな情報がやってくる。

たとえば

テレビばかり見ていると
言葉が遅れてしまう!?

3歳までにたくさん脳を使うことで
かしこい子に育つ!?

子供の頃のごはんが
その後の腸内環境を決める!?

幼い頃は耳がいいから
英語をやっておくと上達しやすい!?

・・・などなどあげればキリがない。


いわゆる
「(大人が考える)良い子に育てるため」
の子育ての情報が次々と流れてくる。

そんな情報を知ってしまうと

テレビを見せすぎたらダメ
脳を使うことをたくさんさせなきゃ
ちゃんとしたごはんを作らなきゃ
英語を早くはじめなきゃ・・・

気づかないうちに
「しなくてはならないこと」
「してはいけないこと」が
どんどん増えていく。


ブラブラしていたい子供に

「子供の未来のために!」という気持ちから
子供が「今するべきこと」を
勝手に決めようとする。

ブラブラしていたい子供は
それを拒否して

お母さんは勝手にイライラする・・・


お母さん自身が
耳に入ってきた情報すべてに
影響を受けて

勝手に「決まり事」「するべきこと」を
作って守ろうとすることで

イライラの原因が
どんどん増えていく。

お母さん初心者の私には
そんな場面が本当にたくさんあったなぁと
気づいた。

子供の邪魔をしないこと

子育てに正解はないけれど

私は子育て中に、
何かわからないことがあれば
すぐにググったり、人に聞いたりして、
そのとおりにやろうと頑張っていた。

でも

「今その子がやらなければならないこと」
「今その子にとって必要なこと」

それは、本能のままに生きている
幼い子供本人が1番よくわかっている。


子供本人は何も考えていないと思うけれど

その子にとっての
「必要な道」をちゃんと選んで歩いている。


教えなくても、寝返りしようとするように
教えなくても、ハイハイしはじめるように
教えなくても、歩きはじめるように。

その歩みを「邪魔しない」こと。

その子の本能を、
その子の生きる力を信じて

命の危険がない限りは
ただ近くで見守って

ただその子にとっての
「戻る場所」でいること。



そんなお母さんの覚悟と姿勢が

「ブラブラして
何の役にも立っていなくても
ここにいていいんだ」

「自分はただ存在しているだけで
喜ばれるんだ、愛されているんだ」

というような

幸せを感じて生きていくために
1番必要かもしれない心の土台を

子供の心に根付かせるのかもしれないなと
感じた。



「戻る場所」のある子供はきっと

その子らしい道を
自由に、堂々と、歩いていくことができる。



この3年半、私が自信をもって言えることは
「息子とブラブラしてました!」
ということだけだけれど

そのことは
私にとっても息子にとっても
思っている以上に
大切な期間だったのかもしれないと
今感じている。


子供といっしょにブラブラしてみる。

とはいえ

息子のブラブラに付き合うのは

すごく根気がいるし
とてつもなく退屈に感じるときもある。

ついつい口をはさんでしまうときもあるし

服が汚れたり
部屋が汚れたりするような

自分のやることが増えてしまう
シチュエーションに出くわすと

「やめてくれ〜」と
行動を制限してしまうときもある。



だけど

完璧にブラブラさせてあげられなくても

「今はブラブラすることが大切な時期で
特別なことはしなくていいんだ」

「ブラブラしたいから
イヤイヤしてるのね〜」

というようなことを
お母さんが知っていると

それだけで
すごく楽になるような気がする。



そして息子とブラブラしていると

いかに自分自身が
「意味だらけの時間」を
過ごしすぎていることに気づいた。


お金のために
未来の自分のために
家族のために
会社のために

今〇〇をしよう。

そんなようなことで
1日が埋め尽くされて

今この瞬間に
ただ楽しいと思うことをする、

そんな時間が、限りなく少ないことに
気づいた。


ごはんをたべて

ブラブラして

ごはんをたべて

ブラブラして

ごはんをたべて

眠る。

何の役にも立たなさそうな
何の生産性もない時間を過ごしている
3歳の息子。

でも

まだまだ小さい体の息子の
存在感がまぶしい。

愛おしい気持ちが湧いてきて
私の心が、じんわり幸せを感じる。


そんな息子を見ていると

人間は極論、

ただ今を楽しんで存在しているだけで

誰かの役に立っているのかもしれない。
何か意味があるのかもしれない。

そんな風に感じた。



そして、

「役に立つ自分じゃないと愛されない」
「もっと素敵にならないと愛されない」

そんなことを漠然と思って
無意識にがんばり続けていた自分が

ほんの少しずつゆるんで、
うすーくなっていくような気がした。




息子とブラブラすることで

私は息子に
癒やしてもらったのかもしれないなと思う。



専業主婦は
お金をもらえないし
わかりやすく感謝もされないし
わかりやすく「スキルアップ」というものは
ないけれど

今まで走り続けて走り続けて
がんばり続けてきた人ほど

自分の「原点」に戻るような感覚で
つまり、子供に戻るような感覚で

子供の目線で生活してみることは

なにか「幸せの土台」のようなものを
見直すきっかけになるのかもしれないなと
思った。


この3年半、
今まで私が求めていた
刺激があって五感を満足させるような
「幸せ」と定義していたものは
ほとんどなかったけれど

心の奥底からじわじわ湧いてくる
地味だけど心地よい「幸せ」を
なんだか久しぶりに感じることができた。

そして
「もうお腹いっぱい!」と思うくらい
息子と四六時中いっしょに過ごしたからこそ

「これからいろんなことがあると思うけど
自由に好きなようにやっておいで。

しんどくなったら戻っておいで。」

とほとんど寂しさも感じずに
思うことができている。


息子、社会デビュー、おめでとう。

これからもよろしくね。

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もよ

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