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Jokerはそこら中にいる

みなさん、Joker観ました? 私は3月ぐらいにやっと見ました笑

アメコミ映画は結構好きで、MARVEL UniverseやX-men、ノーランのバットマンなど見てたので、Jokerは観たいなーとずっと思ってたのですが、なかなかチャンスがなく、結果Google playでレンタルして見ました。

私の周りの映画好きは絶賛してたので期待して観ました。


と、前置きすると、まるで気に入らなかったように聞こえますね笑

そういうわけでは決してなく、

なんというか、自分の中で、この映画は最高だった! もしくはひどい映画だった!とシンプルに言葉にできなかったんですね。なんでだろうなーと悶々と考えていて、なんとなく考えが少しづつ見えてきた気がするので、このノートを書いてます。

視聴直後にはこんなツイートしてました。

私がJokerを見たのはちょうどコロナがアメリカで流行り始め、日本でもそろそろやばいんじゃないか、って頃でした。

 映画について

さてJokerの考察に入ります。

映画のクオリティとJoakin Phoenixの演技は、文句なしで素晴らしかったです。ただそれがよりえぐみを生んだような気がしてます。

Joakin Phoenixの演技の多くはinprovised(即興)だったといいます。こちらの動画を見るとわかるのですが、late night showの登場シーンだけでも何通りも撮っています。

それはJoakin PhenixとディレクターがArthurというキャラクターを使って人体実験、観察してるかのようです。こういうシチュエーションにおくと、彼はどういう反応をするのか。ほう、殺すのか。へーここで笑うのね。ここでは踊るのかーといったような感じです。

先程のBTSを見ると、よりそう感じますが、本編をみて、不思議な違和感というか、ヒリヒリした感じした人もいるんじゃないですかね。

結論をいうと、私は社会的弱者のドキュメンタリーを見ているような気持ちになったんです。いたたまれなく、自分が助けることもできないし、映画内のキャラクターも助けることができない、不器用な人間に起こる負のスパイラルドキュメンタリー。

過激でクレイジーなんですが、全てが生々しくリアルで、「これは起こりうる、もしくは今起こっている出来事だな」と。

そこで私のツイートにもどるわけです。

ドキュメンタリーとしてのJoker

コロナの状況に持ちこたえられない人のなかにJokerがうまれ、そこでさらに社会に見過ごされていると普段から感じている人たちが、Jokerに感化され暴徒と化するのではないかと。

監督は、この作品に特定の社会的風刺の意図をこめたわけではなく、ArthurというキャラクターがどうJokerになっていくか、知りたかった、と言っています。まさにcharacter developmentをドキュメンタリーにしたような映画。

とだらだらと時間をかけてこのnoteを書いている間に、ミネアポリスでのGeorge Floidさんの一件がありました。
これも同じことではないでしょうか。社会的弱者が追い込まれ、Jokerとなり暴徒をうむ。本当にmovementとして意図を理解し立ち上がっている人もいれば、ただの鬱憤バラシに騒いでる人もいる。コロナからの流れも相まって、政府に意義を唱える大きな暴動になってしまってもいます。Nikeストアからどさくさに紛れて、商品を盗んでる人の、嬉々とした表情を見たときに、残念な気持ちになりました。

life imitates art far more than art imitates life

Oscar Wildeは"life imitates art far more than art imitates life”と言っています。アートが人生を真似るよりも、人生がアートを真似ている。といった感じですかね。卵が先か鶏が先か。

日本沈没、トンランセンデス、the circle、インディペンデンスデイ、3年A組-今から皆さんは、人質です-、WALL-E...
Jokerは生々しく現実/近未来を描いたように感じました。

さて2020年も折り返し、どんな年になっていくでしょうか。


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