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海辺の古びたホテルの朝風呂

前日の午後到着した岬の漁村はひっそりとしたところだった。
バスからは、駆け回る数人の子供と玄関先で大根を洗っているおばあさんを見かけただけ。

6階建ての古びた温泉ホテルは、海辺の集落から急な坂を100mぐらい上った場所が玄関で、半世紀を超えて潮風にさらされ続けた壁面のまま佇んでいた。

早朝、太平洋を一望する朝の大浴場で、大の字に両脚を広げて浴槽に浸かった。昭和風情のタイル張りの風呂場で一人贅沢な時間を楽しんでいた。

大きくて少々汚れが目立つガラス越しに水平線が広がっていた。
雲の影で黒々とした水面には、昨夜から続く強風が無数の白波を起こしている。そして雲の切れ間を割いて注ぐ光のカーテン。

光のカーテンが太い柱に変化し、お伽話に出てきそうな輝く湖が現れたような幻想的な情景が広がった。

唾を飲み込み、凝視し続けた。
太陽が、低く広がっていた雲の上に抜けた。するとあっと言う間に、何が起こったのかと慌ててしまうほどの光の量が風呂場を覆った。眩しさに目を閉じてしまった。

ゆっくりと目を慣らしていくと、さっきまで黒かった海が見違えるように明るく青く、空も青く広がっていた。

※2016年1月

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