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イツカ キミハ イッタep.37

 庇に激しい雨粒があたる音で目覚めた。「あー、降っちゃった」布団の中で寝返りを打つ。だんだんと激しく、早くなっていくリズムが次第に遠のく。再び眠りに落ちる。そんな朝を迎えることもある。なぜなら、梅雨入りしたんだから…。

昨日庄内空港を降りた際は、なんとか天気がもつかと思っていたが、その期待は虚しく打ち砕かれた。6月の旅は一種の賭けに似て、どんなに練ったプランニングをしても、天候一つで想定どおりとはいかないのが辛い。

宿の女将さんが、温かな御膳を運んできてくれたことで少し心安らいだ。朝食を終えて、車で出掛ける頃にはきっと止んでいるだろうと、淡い期待を抱きながら箸をとる。しばらくは止みそうにもない、と朝食会場で映し出されたテレビの天気予報は告げている。
それでも、一縷の望みは捨てきれず、山形県遊佐町にある鳥海山の麓のジオサイト「丸池様」に向かった。

丸池様と言ってもヒトではない。湧水のみで満たされた池で、地元の通称である。
正式名称は鳥海山大物忌神社の境外末社にあたる丸池神社で、昔から池自体が御神体として崇められてきた。鳥海山信仰の一翼を担う史跡として国指定史跡にもなっている。

車で行けるところまで行き、鮭孵化場の脇を通り畦道のような細い道を突き当たるとゴォーゴォーと音をたてて流れる牛渡川が目に入ってきて、その水流の多さにまず驚いた。足を滑らせて落ちたら大変だ。
こんな雨の日だからか、鳥海山からの伏流水100%の透明な水は勢いよく流れ落ちていく。小さな橋を渡り、足元が濡れるのも厭わずぐんぐんと歩を進めると、鬱蒼と生い茂る森の中に入った。

「まだ、だいぶ先なのかなぁ…」

思わずそんな言葉が口を突く。

すると、程なくして左手よりエメラルドグリーンの鮮やかな翡翠が目の端に映り込んだ。

「丸池様だ!」

降りしきる雨の中、池の中央に一筋の光のような黄緑色の一帯があった。
初夏に花をつけるという梅花藻だろうか。遠くてよくわからなかったが、透き通る青とのあわいが神々しく光り、何かが降臨したかのような錯覚をおぼえた。
これがパワースポットと言われる所以なのかもしれない。ビニール傘を叩く雨音が気にならないほど、暫くその場に立ち尽くした。

夕方、鳥海山麓の宿に着いたとき、雨はすっかり上がり、遠く沿岸部に近い空は青空が覗いていた。鳥海山は霧の中にあったが、尾根から尾根へと連なる山岳地帯には入道雲のようなふわふわとした雲が帯のように浮かび、宿が雲の上にあるかのような気分を味わった。

「今日はどちらかに寄ってからいらしたのですか?」

宿帳に書いている間、手持ち無沙汰にしていたフロントの人が尋ねてきた。

「酷い雨でしたが、丸池様に」

雨によっていろいろなものが流され、浄化されたような美しさを感じた旨を伝えた。

「そうですか、今は神様は居なくなったと仰る地元の方もいますが、見えたんですね、あなたは。今度はお天気の良いときに行ってらっしゃい」

晴れても曇りでもどちらでもいい。
ただ、もう一度、雨以外の天候時に池を訪れ、何を感じるのか確認したい。

雨上がりの麓の空気を胸いっぱいに吸い込みながら、そう誓った。

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