ぶちっ、

浜辺にはぽつりぽつりとしか人がいない。
千葉の漁村に似た海。宿泊ホテルからタクシーで1時間ほどかけてやって来た。タクシードライバーとは2時間後に迎えに来てもらう約束をした。

毎日、毎日、渋滞でどこへ行くのにも、膨大な時間がかかったインド。今日はディワリというお祭りの日とのことで、いつもなら車で溢れている道路はガラガラだった。
タクシーから降り日本でいう海の家みたいなレストランで、シーフードヌードルとビールを注文して海を見ていた。

レストランに客は僕しかいない。静かな曇った海を見ながらランチにする。店のおじちゃんが気を利かせたのか、擦り切れたスピーカーから音楽が聴こえ始めた。

それはどこかで聴いたことのある曲でとても懐かしい気分になったが、曲名や歌手の名前が思い出せない。僕はいつ、どこでこれを聴いたんだろう。
そのとき僕はたしか時計台のそばにあるカフェテリアにいた。何やら女性が白い歯を見せ柔らかな口調で話している。逆光で顔がしっかり見えない。声が小さくて聞き取れない。何を話しているんだろうか。。。
記憶を辿っていると突然音楽がぶちっと切れ、辺りが真っ暗になり風と雨が強く吹きつけてスコールとなった。

これはひどいな。
店主らしき人が言った。
海は強烈なスコールにまみれてぼやけてしまう。プラスチックの椅子が風に吹かれて飛ばされる。テーブルクロスやパラソルが続いて後を追うように飛んで行く。
僕はもうびしょびしょになっている、そして右も左もわからないでいる。店主はどこかへ行ってしまった。お金は払わなくても大丈夫だろうか。とりあえずここから立ち去らなければ身が危なそうだ、想像以上にスコールは強烈でももしかしてこれは台風なのかもしれない、風が強くおさまる気配がまったくない。

海の迫ってくる音がしている、ここはもうすぐ飲み込まれてしまうかもしれない、とにかく僕は逃げなければならない、でもどこへ逃げればいいのか?きっとここはもうすぐ飲み込まれる。あっけないくらいにがぶりと飲み込まれる。僕は逃げなければならない。荷物を持って、びしょびしょになりながら。

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