tomorin

30代後半に入って、日々ふと思ったこと。 誰かに言うまでもないけど、忘れるのは少し嫌だ…

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30代後半に入って、日々ふと思ったこと。 誰かに言うまでもないけど、忘れるのは少し嫌だなというくらいのことを残してます。 文章力なし、話し言葉でつらつら書いてます🍈 これから何かあったとき、私の周りの人へ向けて。

最近の記事

心療内科へ行くレベルかどうか分からない私が心療内科に行った話(2)

よし、心療内科に行こう! とはいえ、そんな簡単に予約取れるの? そもそも病院を選ぶ基準は? 色々考えたけど、私の性格上、口コミやらなんやら見てたら悩んで決められない。 思い切って家から近くて予約が取れるところに決める(すぐに予約が取れる心療内科ってことは人気がないトコなのかな?とか余計な心配もしつつ)。 病院が苦手でなかなか決められない私にとって、今回のような流れがないとなかなか心療内科なんていけなかったと思う。 翌日、緊張しながら病院へ。 受付をしてほどなく診察室へ。

    • 心療内科へ行くレベルかどうか分からない私が心療内科に行った話(1)

      2024年5月 ついに勇気を出して心療内科に行った。 結論から言うと「行って良かった」。 ずっと行くかどうか悩んでいた私が心療内科に行くまでのおはなし。 〜そもそもどうしてこうなったのか〜 大きな要因は仕事。 店長業務の責任と重圧と仕事量に加え、追い打ちをかけるように人手不足で休みもままならない。そうなってくるとここ数ヶ月は過労死ラインの残業をしたり。 仕事が休めないと、もちろん体調も良くない。 でも幸か不幸か、突然バタンと倒れるような分かりやすい症状はでず、慢性的な

      • 福岡市に移住して感じたこと

        移住して6年あまり。 移住したてのころの驚きや感じたことをそろそろ忘れ始めてたので、ここに留めます。 当たり前のことも、しょーもない小さなことも。 1、ゴミ出しが朝じゃないから助かる 今では普通の事なってありがたみを感じなくなってきてしまったけど、「仕事が休みの日はゆっくり寝たいのに、朝起きてゴミ出さなきゃ…」がないのはやっぱり助かる。 2、街が元気 元々住んでた地域と比べるわけじゃないけど、街全体が元気。行政が新しいことに取り組んだり、新しい企業もたくさんあって若い人も

        • 一番泣いた人生の分岐点

          一番最初に勤めた会社を辞めたこと。 約8年働いたけど、辞めるきっかけの出来事があってから辞めるまでは2週間。辞めると決断するまでは4日間だった。 初めて勤めた会社で、憧れの仕事で、人生で初めての大きな決断と挫折。 大事なことはいつもひとりで決めてしまうけど、今回は急すぎてお世話になった先輩にも同期にも事後報告。 仕事を応援してくれている両親に話すのは、勇気がいった。 なのでこんな時は、いったん兄々に話して練習してみる。 父ちゃんは「辞めたらいい」とだけ言って静かに後

        心療内科へ行くレベルかどうか分からない私が心療内科に行った話(2)

          一番残したいこと。

          両親のもとに産まれただけで人生9割ラッキーだ。 子どものころは「父ちゃんは厳しい」「怒るスイッチ理解不能で理不尽」「母さんたまに話聞いてない」「共働きだどさみしい」なんて思っていたけど。 今思い出すのは両親がいかに一生懸命育ててくれたかってこと。 健康に産んでくれた。 習い事も部活の遠征もホームステイもお金惜しまずやらせてくれた。 進路に口出しせずやりたいことやらせてくれた。 会社辞める時も背中押してくれた。 高校のときも社会人になってもお弁当作ってくれた。 全部当た

          一番残したいこと。