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連載②“あのとき“言葉があった ー私の父と息子の和解ー

【言葉が支えている】
「私の父と息子の和解」

前回はこの連載を始めるにあたって私のプロフィール、子どものころの体験とともに「言葉にすることの意味、効用」について書きました。今回も私の体験から「言葉で伝えることで関係性が変わった瞬間」を紹介します。

今から10年も前のお正月のことです。当時、私の父親はその前の年から特別養護老人ホーム(特養)にお世話になっていました。そこに至るまでも療養型病院を転々としており、実家でお正月を迎えられなくなってもう数年経っていました。ですから、お正月には兄家族、私の家族で施設にお見舞いと新年のあいさつをしに行くことが続いていました。その中で私が数年心を痛めていたことがあります。父親と私の息子のことです。

私の息子(当時、高校生)は父親がまだ元気だったその数年前に大喧嘩をして、それ以来ずっと父と顔を会わせていませんでした。父は昭和一桁生まれの頑固者で、つねに上から目線で命令形。
私も中学生くらいまでは我慢していましたが、高校生になってからそんな父親にだんだん反発するようになっていました。その私に似たのか息子も高校生になる春休みに父親とちょっとしたことで衝突してしまったのです。原因は本当に些細なことです。ゴールデンウィークにうちから一人で電車と徒歩でやってきた息子に対して「どの道を歩いてきたんだ?言ってみろ」と父親が言ったのがきっかけです。ふつうなら「よく来たね。道に迷わずに来れたか?」くらいから入るでしょうが、そこが昔の人です。息子は不愛想に対応して、それに対してまた父親が頭ごなしに叱りつけたようです。私はそのとき不在だったのですが、戻ったときはすでに息子は実家を飛び出して家に帰ってしまっていました。

その夏、父が大腿骨骨折で入院し、そのリハビリ中に脳梗塞を起こし入院は長引きました。それから数年、父は家には帰れずお正月を病院で過ごすことが続きました。お正月のお見舞いに息子は病室の前までは来ても、顔を会わすことはせずに帰っていました。
父も相変わらずの頑固者で最初は「向こうが謝って来ない限り許さない」と言っていました。しかし数年後には「俺も悪かったと思う。あいつにはもう怒っていないから気にするなと伝えてくれ」と言うようになりました。
しかし、息子にそう伝えても凍ってしまった心はなかなか溶けることはありませんでした。
父親と息子、2人のあいだにはさまれて私は悩みました。そしてあるときハッと気づきました。
「これは父と息子の問題ではなく、俺の問題だ。若いころ父に反抗ばかりして父もきっと心穏やかではなかったろう。息子に対しても自分の子どもだと思ってかつての父のように無理矢理言うことを聞かせていたところもあった。それがこういう形で表れているのかもしれない。だとしたら2人に申しわけない」と。
それから私は昔の父への態度を心で詫び、これからの態度で償っていこうと思いました。また息子に対する接し方も改めるように心しました。一つの言葉遣い、一つの態度のとり方が相手との信頼関係を築くのだ。それを父親と息子が私に教えてくれたのだと。

その翌年の1月3日、兄家族といっしょに例年のように父の見舞いに行きました。しかし、息子はやはり部屋には入ろうとしませんでした。私は「まだ時間がかかるのか」とあきらめて帰ろうとしました。
するとそのとき、兄が息子に話しかけてくれました。最初は首を横にふっていた息子が数分後、父のベッドサイドに行きました。何か会話をしたようでした。しばらくして父が手を伸ばし、その手に息子が手を伸ばし握手をしました。私は涙があふれ、遠くから見ていることしかできませんでした。
根気強く話してくれた兄には感謝しかありません。家族のことは理屈ではどうにもならぬことがあります。だれが正しい、だれが悪いということでは解決しないことがあります。待つこと、耐えること、責めないことのたいせつさを思いました。
あのとき兄がどんな思いで息子に言葉を掛けてくれたのか。兄の言葉が背中を押さなければ息子と父との和解はありませんでした。息子も父もお互い心の中に「詫びる気持ち」があったのでしょう。それでも相手の前に「言葉として」差し出すまでに数年の時間が必要でした。大切なのは心です。しかし「言葉」にしなければ伝わらない「とき」もあります。
 
 それから2週間後、なんとその兄が仕事中に脳内出血を起こし、それ以降言葉を発することができなくなってしまったのです。そしてその秋、父は兄の病状を知らないまま生涯を終えました。兄にとって、父にとって、息子にとってまさに「あのとき」「あの言葉」が重なった瞬間でした。

プロフィール
●松井貴彦(まついたかひこ):Tomopiiaアドバイザー。国家資格キャリアコンサルタント。同志社大学文学部心理学専攻(現心理学部)卒。リクルート、メディカ出版、会社経営を経て「ライフキャリアコンサルタント」としてナースを主とした医療従事者、シニア世代のビジネスマンのキャリアコンサルティング、研修、カウンセリングを行う。また大学講師として「キャリアガイダンス」「経営学」「社会学」の教壇に立つ。著書に「家で死ねる幸せ」(どうき出版)「正しい社内の歩き方」(ベストセラーズ)「よくわかる部下取扱説明書」(文香社)など。


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