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海を渡る小さな身体に


ナンキンハゼの白い実がなる枝に小鳥が止まった。11月の中旬、夕暮れ時の柔らかい陽射しを浴びてその小さな身体は淡い金色に染まっている。「ヒッ、ヒッ、ヒッ」と高い声で鳴いてしっぽを上げた。

一瞬、カメラ越しに私と目が合った気がする。小鳥はちょいと首をかしげた。その仕草が数年前に亡くなったセキセイインコに似ていてどきっとする。懐かしさを覚えながら何度もシャッターを切った。

冬鳥

冬、大阪府内を京都方面から大阪湾に流れ出る淀川の河川敷には、さまざまな野鳥が集まる。

ナンキンハゼに止まった鳥はジョウビタキという。体長は15cm、体重は18gほど。スズメと同じくらいだ。全体的に薄い茶色の羽毛で覆われているのでこの子はメスだ。オスの場合は銀色の頭髪に、黒い顔、そしてお腹は鮮やかなオレンジ色と、メスに比べて目立つ色合いをしている。彼らはつがいで行動する。でもいつも隣の木など少し離れたところにいて、どちらかが飛べばもう一方が追いかける。つかず離れずの距離でデートしているようで微笑ましい。

ジョウビタキのオス

小さな身体のどこにそんなチカラがあるのかと不思議だが、彼らは渡り鳥だ。夏は中国大陸のチベットや中国東北部、ロシアの極東部沿海地方、バイカル湖周辺、シベリアで生活し、厳冬期に入る前の秋に冬場の餌を求めて日本にやってくる。飛行距離は平均2,000km。チベットからだと4,000kmを優に超えそうだ。春になるとまた同じ距離を飛んで大陸に帰っていく。

このように秋に中国大陸から渡ってきて、冬から春を日本で過ごす鳥を冬鳥という。一方で、春に東南アジア方面から渡ってきて、夏から秋までを日本で過ごす夏鳥もいる。いずれも渡り鳥と呼ばれ、それは地球上の鳥の15%に相当するそうだ。

渡りのメカニズム

鳥の渡りの実態はまだまだ謎に包まれているが世界中の研究機関の調査によって解明が進んでいるという。

そもそも鳥はなぜ海を渡るのか。

実は人間のように、「さあ行くか」「さあ帰るか」などと考えて旅をしているわけではないらしい。そこで起こっているのは心境の変化ではなく、身体の中のホルモン濃度の変化だそうだ。日照時間や気温の変化にともなって、身体が渡りの衝動に駆り立てられていくのだ。

彼らは何千キロもの距離を飛ぶ。しかも、毎年、「何丁目何番地」レベルで同じ場所に戻ってくる。それは渡り鳥が備えている3つのチカラのおかげだ。

一つは遺伝子。渡りの衝動に駆り立てられた時に、ゴールをどこに設定し、どの方向に飛ぶか。それは遺伝子によって決まるそうだ。2つ目はコンパス。飛行ルートを見つけ、正しく飛ぶために必要だ。渡り鳥は昼夜問わず飛ぶ場合もある。そんな時は半眠の状態で飛んでいるという。ある鳥に微小な発信機をつけて観察された調査では、日本からパプアニューギニアまでどこにも止まらず、6日間で到達したことが分かっている。彼らは太陽や星の位置、さらには地球の磁気から正しいルートを見つけるコンパスの能力を身体に備えているのだ。3つ目は記憶力。ゴールの近くにある複数の目立つ物の位置関係をランドマークとして記憶し、頭の中に地図を作成するのだ。手の平に載るほどの小さな鳥がこのようなチカラを利用して地球を自在に移動している。

渡り鳥と生態系

彼らは生きるために海を渡る。もちろん天候不良や天敵から襲われるなどさまざまなリスクがありゴールに到達できる保証はない。それなら何も数千キロを飛ばなくてももう少し近くで餌を探してもよいのではないかと思う。専門家によると、餌を容易に確保できる場所に、鳥が集まり過ぎると餌が枯渇する。それを避けるためなのだという。つまり地球の生態系を維持するために渡るのだ。果物などを食べる鳥は飛ぶことによって植物の受粉を媒介したり、種子を遠くに運ぶ役割を担う。それによって気候変動が進む中でも植物は生息地域を変えて生き残ることができる。鳥が食べる昆虫の量は地球全体で年間4~5億トン。それは虫の被害から農業を守ることにもつながっている。

生物の多様性を守り、生態系を維持する。それは今、地球の未来のために人類に求められていることだ。

淀川の多様性

淀川の河川敷にはジョウビタキ以外にもたくさんの渡り鳥がやってくる。冬鳥なら、例えばピンク色の羽毛に包まれて愛らしい表情を見せるベニマシコ。お腹の赤色が際立つアカハラ。パンダのような白黒模様が独特の雰囲気を醸し出すミコアイサ。シロハラやシメなどもいる。夏鳥なら、「ギョッ、ギョッ、ギョッ」と大きな声を響かせて鳴くオオヨシキリ。赤っぽい身体で湿地をすばしこく歩きまわるヒクイナ。黄色のくちばしとお腹の縞模様が特徴的なツツドリ。キビタキやコサメビタキなどもいる。

皆、何千キロもの旅をしながら淀川にやってくる。

ベニマシコ
ミコアイサ


進む伐採

しかしこの河川敷でも近年、鳥の生活に影響を与える大きな変化が起こっている。その一つが樹木の伐採だ。淀川は長さ75km、面積8,200haに及ぶ。その多くの場所で木々が刈られているのだ。国土交通省の管轄する河川事務所は伐採の理由について次のように述べている。

・著しく繁茂した樹木が河川内の流水を阻害し、洪水時に水位上昇を招いたり、流木となって下流に支障を招く。
・また樹木は見通しを悪くし、不法投棄等を助長する。

近年の気候変動は各地で水害をもたらしており、集中豪雨なども毎年頻発している。その被害を抑制するための措置であるということだ。

この伐採の措置は大阪の河川に限ったことではなく、全国の河川で進められている。

淀川河川敷の伐採跡(枚方地区)

2024年1月。淀川河川敷にある大阪・枚方地区を訪れた。そこには「野鳥通り」と呼ばれている場所がある。以前通りがかった時には高い樹木が生い茂り、その間に歩道が整備されていた。歩くと多様な鳥たちのにぎやかな声が聞こえてきた。それが今は跡形もなくなってしまった。

一つの素朴な疑問が湧いてくる。災害対策のために樹木を伐採するという行為は短絡的過ぎないのだろうか。

もちろん災害は恐ろしい。2019年の台風21号はまだ記憶に新しい。しかしその一方で、大陸から渡ってくる鳥たちのすみかが減ることは、中長期かつ地球規模でみると測り知れない影響があるのではないか。鳥たちが移動することによって維持されている地球の生態系に出来た小さな傷が世界中で積み重なれば、さらなる気候変動を呼び起こす。

人の生活を守るための災害対策と自然環境保護は別々のものではない。つなげて考えて両立の道を探るべきだ。例えば、伐採するなら、代わりとなる場所を別に確保したり、復元したりすることも考えられるだろう。それは地球規模で考えるべきだから国際間の連携も不可欠だ。

また会う日まで

「ヒッ、ヒッ、ヒッ」という声がして、先ほどのジョウビタキがナンキンハゼに戻ってきた。野鳥の中では比較的、人懐こいこの鳥は季節の始めこそ人を警戒するが、ひと冬の間に慣れてくる。とはいえ、同じジョウビタキでもやはり個性があって、人に興味を持ってすぐに近寄ってくる個体もあれば、人見知りする個体もいる。

ジョウビタキのメス

そうした多様性あふれる一羽一羽の鳥たちが毎年この地を再訪してくれることが、地球規模の環境が維持される指標にもなるはずだ。住みやすい場所だと記憶してくれれば子どもも連れて来年も訪れてくれる。それによって遠い国と日本がつながり相互に生態系が維持されていく。

「また会えますように」

海を渡る小さな身体に、そう声をかけてみる。


(参考にさせていただいた文献やウェブサイト)

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