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「封印」 第二十四章 根拠




 疫病サレスが流行った時、ライリーの妻は、ワクチンを受ける事を躊躇った。妊娠していた。近所の医師に相談すると、医師はワクチン接種の推奨はしなかったが、同時に拒絶の明言を避けた。医師は正直な人だった。
 ワクチン接種を拒否した事で、妻がサレスに感染した場合、治療費及び入院費は全額負担になると、政府が決めた。保健庁とダムナグ社、医師会の人間達は口を揃えて、ワクチンに副作用は無いと言った。それでも妻は、念の為にとワクチン接種を拒んだ。
 1ヶ月後、妻は疫病で倒れた。ワクチン接種をしていなかった為、入院を受け入れてくれる医療施設は南耀の果てのダムナグ研究病院しかなかった。治療費はとても払えたものではなかった。金銭的に、妻を救うか、子供を救うかのどちらにかると、医師は言った。
「妻さえいれば、それでいい」
 そう思った。妻はそれを拒んだ。そして決断をする間もなく、容態は悪化し、手術は失敗して、妻も子も死んだ。
 悲しみに沈む間も無く、南燿への出兵命令が下った。
 ライリーに拒否する理由はなかった。とにかく動きたかった。この悲劇を忘れたかった。

 派兵された先で目の当たりにしたのは、政府に無視され、ダムナグの開発と実験の手に弄ばれ、軍に拘束される南燿の民達だった。
 村の祠の前で、少女が撃ち殺された時、ライリーは声を聞いた。
「呪ってやる」
 黒い闇が、ライリーを包んだ。これが、邪悪だと、すぐに理解できた。そしてその邪悪に食い殺されて、命は終わるのだろう、と思った。
「一杯一杯呪ってやる。死んでいい、お前らが不幸になるならそれでいい」
 この声は、邪悪の起源だと、認識した。
「一緒に地獄に落ちてやる」
 そしてその気落ちが、どこか理解できた気もした。こんな辺境の地に、封じられて、恨まれて、ついに解き放たれて、しかし彼らが愛した者はもうどこにもいない。
「ここに、もっと連れて来い」
 闇の声は、突如、ライリーに向いていた。
「ここに、もっと大勢の人間を連れて来い。そうしたら、お前の恨みを、晴らす」
 信じられなかった。周りで兵士達が食い殺されていく中で、闇は、自分だけに語りかけていた。
「お前の愛も、取り戻せる」
 邪悪と呼ばれる闇は、まだ、扉の向こうに閉じ込められていた。今、兵士達を喰らい尽くしているのは、闇の残骸。扉の向こうに、何か、本当に計り知れない力が、眠っている。
「また、会えるぞ」
 その言葉は、とても暖かかった。
「会える」
 次に響いたその声は、闇の声ではなかった。

#創作大賞2024  #ホラー小説部門  

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