見出し画像

「封印」 第二章 要請




 渋滞が酷かった。バハイの中心部に向かう国道は完全に詰まっていた。もう少し進んだ先の、市外に向かう道はガラガラだった。
「もう予約時間だぞ…」
 エテューは携帯をしまった。病院に電話しても繋がらない。エテューはハンドルを小突き続けた。エリがその手を掴んだ。
「大丈夫だよ」
 エテューは指を止めた。
「そうだな。ごめん」
 ううん、とエリはラジオに手を伸ばした。
「…サレスウイルスの終息宣言から3ヶ月を迎え、ダムナグ社新薬ヒポラの接種率が70%を超える中、長期的な副作用を心配する声が上がり…」
 エテューはラジオを止めた。
「いいだろ、聞かなくても」
「いいの。聞きたいの」
「心配になるだけだろ」
「知らない方が怖いでしょ」
 エテューはエリの右腕を覗き込んだ。
「傷まないか?」
「大丈夫だよ、もう。痛かったのは最初だけ」
「でも…」
「でも、念の為検査するっていうのは約束したから行くよ」
「…ありがとう」
 渋滞は相変わらず動かない。エリはラジオを再度つけた。エテューは車の窓を閉めた。
「…ダムナグ社の関係者によりますと、ヒポラと同じ技術をザヘルへの対抗薬としても応用するとの事です。ザヘルはエイナン島を初めとし、南耀に感染域が拡大しており、感染力だけではすでにサレスを上回り、今後も変異すると懸念されています」
 頭上を、ヘリが通過した。エテューの携帯が鳴った。エリはラジオの音量を下げた。
「相棒さん?」
「部長さん」
 エテューは携帯を開いた。
「もしもし」
「おう、大丈夫か? 今どこだ?」
「16号線です。妻と診断に行くところで…」
「国立病院は閉鎖だ」
「え?」
「キャパオーバーだ。国軍の出動要請が決まった。お前もすぐに署に来い」
「今、ですか?」
「出来るだけ早く来い」
「わかりました。妻と戻って、すぐに向かいます」
「気をつけろよ。変な通報が多い」
 携帯をしまう。エリはチャンネルを回した。
「…バハイ市警は、ザヘルウイルスの感染爆発に備え、国軍の出動を要請しました。空港、港、国道の交通は今後制限され、医療機関、商業、水食料の配給も規制される見込みです。外出はなるべく控え…」
 エリは顔を押さえた。
「また? もういい加減にしてよー」
 エテューはハンドルを握った。ラジオに合わせてか、車が動き始めた。市外に向かう道に、一気に車が動き始める。市外に向かった車の波の先は、既に南耀軍が閉鎖している。それでも、人々は挑戦したいものだ。
 エリが笑った。
「私たちも出ちゃう?」
「ごめんな、真面目な性格で」
 エテューはアクセルを踏んだ。道が開け、あっという間に市内に入った。
 案の定、病院は封鎖されていて、家に戻るしか無かった。帰り道は、また渋滞だった。スーパーで買い物を済ませる事にしたが、これまた人で混みまくり、買いたかったトイレットペーパーも缶詰も全て売り切れていた。
「今日は何も達成できなかったな」
 かろうじて買ったインスタント麺をトランクに入れる。エリは肩をすくめた。
「ま、しょうがないでしょ」
 そういう笑っていられるところが、エテューは好きだった。
 エテューの手をエリは掴んだ。
「私先帰ってるね」
 エテューの手から鍵を取るエリ。その頬を、エテューは両手で掴んだ。
「愛してるよ」
 キスをして、二人は別れた。エリは車で渋滞に参加して、エテューは徒歩で署に向かった。途中でバスに乗り、携帯でニュースを開く。
 公務員の全員召集命令が出ていた。
 署に入ってすぐ、相棒が待っていた。
「エリさん、大丈夫だったか?」
「病院行けなかったよ」
「渋滞? 酷かったもんな」
「うん」
 二人で制服に着替えようと階段を降りるも、部長の怒鳴り声が階内に響いた。
「全員署前に集合!」
 署の前に、車列が出来ていた。先頭の車からは、署長。続いて軍の関係者、政府の役人、そしてダムナグ社の人間が出てきた。署長に部長が拡声器を持ち寄った。
「みな、知っての通り、バハイは国の流通の要だ。故に、ザヘルの感染拡大をここで食い止める!」
 いつになく、力がこもっていた。
「ヒポラが最大の希望だ。接種率を最大限に引き上げる。接種条例に従わない者は、逮捕はまだできないが、隔離をする」
 相棒とエテューの目が合った。前のサレス感染症の時ですらこんな気合いでは無かった。
「国軍とダムナグ社の皆様が、迅速に対応してくれている。しかし彼らはこの街を知らない。この街を知るのは君たちだ。君たちの力が今こそ必要だ。辛い日々が続くが、どうか、みんなの家族の為にも、辛抱して欲しい」
 相棒の視線が正面に向いた。エテューは胸中で起こる不安と、何かの疑念を押しつぶした。エリの事を思えば、どんな任務もこなす気に、驚くほど簡単になれた。
「諸君の健闘と、無事を祈る!」
 署長の敬礼に、皆で一斉に敬礼し応えた時、エテューの心に、もう迷いは無かった。

#創作大賞2024 #ホラー小説部門 #創作大賞感想  


この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?