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ともす横丁 Vol.23 「母からの電話」

母から着信があるとドキッとする。
大体の用件は急な対応が必要な困りごと、もしくは体調が優れないSOSだ。着信を確認すると呼吸を整え、何が起きてるんだろうとサーチライトを照らすように想像を巡らす。心がどこか早鐘を打つような感覚を覚え、もし息も絶え絶えだったらどうしようと妄想を膨らませて心の準備なのか覚悟を備えて電話に出るのだ。

先週、母は眠れなかったと気分が落ち込み気味で鬱々してた。ひとり暮らしで話し相手がいないと感情を持て余し、どこか放出する先がない。ひたすら自分の中を巡るからいつも矢は自分に返ってきて終わりがない。苦しいだろうなあと思う。私はそれを放出するお手伝い係。前は話を聞きながらジャッジする気持ちに襲われて苦しくなる時があったけど、今は落ち着いている。

なんといっても母は強い。口ではもう生きる力がないなどメソメソしていても、よく眠れたり、ちょっとしたきっかけで生きる力を取り戻すのだ。その母の命への信頼を感じたとき、余計な心配をしなくてもいい、委ねればいいのだと思えるようになってきた。

今週の始め、その後母がどうしてるか様子を見に行くとすっかり元気そうだった。よく眠れたからねと言う。ああ、よかったと安心し、しばらく話して後にする。

その夕方、電話が鳴った。母からだ。さっき会ったばかりなのにどうしたんだろうと私はまた心配モードで覚悟体制に入っている。
受話器を取って息遣いを感じるその瞬間、母の声が弾んでる。「さっき、言おうと思ったのに忘れちゃってね、どうしても伝えたくて電話したのよ。今日リハビリでね、素敵だなあと思ってる女性、90は越えてる人なんだけどね、と話していたら、その方のご主人の命日がお父さんと一緒だったのよ。すごいでしょ?その方はいつも私を励ましてくれてね、叱咤激励してくれるの。大丈夫、もっと歩けるようになるからがんばりなさいって。なんかお父さんから言われてるみたいでね…」と興奮した様子で私に話す。奇妙な一致に何かを感じ、さぞうれしかったんだろう。いきいきして話す様子に私もうれしくなった。

母は護られている。父はその女性に成り代わって、母に伝えたいことを伝えているに違いないと思った。

「お母さん、お父さんに愛されとるね。」私がそう言うと照れた様子で笑い声を立てた。父は父なりの愛し方を貫き通した。静かで深い愛し方だ。それを母は理解しようとしなかった。母の望む愛され方ではなかったから齟齬が生れ、時に母は一方的に怒りを抱えていたけれど、少しずつ解きほぐれているような感がある。

「お父さん、やるじゃん」私は心の中でつぶやいた。

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