うたスト小説〜曲X

「群青」

東京の港にある休日の埠頭。
長閑な昼時の光は立ち並ぶ倉庫の壁を黄色に染めている。

「待てーー!」
声を張り上げているのは、50代前半くらいの刑事だ。
彼の名前は隆二。
ベテランの腕は確かで、これまで犯人を逃したことはない。
一方、隆二に追いかけられているのは、
犯人の満島だ。

「満島ぁーーー!」
隆二は凄い形相で睨みながら走っている。

満島はかなりのスピードで走っていたが、
とうとう埠頭の端に追い詰められた。
立ち止まって振り返る満島を見て、
竜二も足を止めた。
竜二は銃を構える。

「満島!俺はお前を許さない!
例え今日という日が無かったとしても!」
隆二は、歯を食いしばりながら咆哮した。
満島は少し肩で息をしながらニヤリとほくそ笑む。

「悔しいのか?
俺がお前の嫁と娘を殺したことが」
満島は物怖じしない表情で言った。

隆二は眉を釣り上げる。

「あの日から俺は全ての事を捧げてきた。
お前を殺すことだけを考えて」
隆二は鋭い眼光を放ちながら言った。

「ハハハッ!
こいつはお笑い草だ。
法の番人が俺を殺すのか?
そんなことしたらお前の地位も台無しだ」
満島は大笑いしながら馬鹿にしたような目で言った。

「黙れ!
お前には罪の重さを知ってもらう必要がある」
隆二は銃の引き金に指をかけて言った。

「俺にも人権があるだろ?
それに、5年も前の事じゃないか」
満島は見下すような顔だ。

「満島ぁーーーー!」
隆二は叫んだ。
誰もいない埠頭にこだまする。

「俺にもお前にも何も存在しない!
過去も未来もだ!
お前は殺す!」
隆二は銃の引き金を引こうとしている。

その時だった。

「隆二さん!駄目だ!
過去を変えてはいけない!」
埠頭に声が響き渡る。
隆二を追ってきた仲間の刑事だ。
彼は俊哉。
隆二と同期だ。
俊哉は長年隆二と行動を共にしている。

「隆二さん、わかるよね?
銃をおろすんだ」
俊哉はたしなめるように言った。

「俺には、これ以上失うものは無い。
マイナスになるものすらも無い」
そう言うと、隆二は引き金を引いた。
乾いた銃声が響く。

「隆二さん・・」
俊哉は驚いた顔だ。

満島は倒れていなかった。
銃弾は満島の身体の横を通り、
倉庫の壁に当たった。

「満島。
俺はお前を殺さないことにした。
だが、忘れるな!
お前の過去は必ず未来が裁く!」
隆二はそう言うと、銃をしまった。

「な・・何でだよ?
何を企んでやがる?」
満島は困惑している。

「行け!
裁かれるまで罪を噛み締めろ」
隆二は満島を睨んでいる。

「ちっ!
わけわかんねぇ」
そう捨て台詞を吐くと、
満島は走って行った。

二人の刑事は満島の背中を見ている。

「それでいいんです隆二さん。
それで」
俊哉は隆二の背中をポンポンと叩いた。

「なあ、過去ってなんだろうな。
歓迎しない出来事は嬉しい思い出を消しちまう・・」
隆二は目を細めた。

「我々は過去のデータを記録し、現代と未来へ活かすことができますが、
過去を変えることは許されていません。
それが、時空保安警察の役目ですから」
俊哉は隆二をなだめるように言った。

「そうだな。
我々も現代へ帰るとしよう。
先の時間が事件を解決してくれるさ」
そう言って隆二は少し微笑んだ。
俊哉は頷くと空を見上げた。

まだ気候変動の無い時代の空は、
とても濃い青空だった。

一筋の飛行機雲が横切った。