小説 永遠に0(第五回)



俺は今病棟で生活している。

何を食べても吐いてしまうのだ。『拒食症』だろうと刑務所に来る医者に言われた。固形物は無理だし、点滴も刑務所では不可能なので、ラコールというジュースよりももっと甘い、缶入りの栄養剤をもらって飲んでいる。これは色んな味があって飽きなくていい。俺はバナナ味とチョコ味が好きで、イチゴ味は嫌いなのだが、最初にもらったエンシュアよりは美味いので我慢している。

早く病棟から出て工場に戻りたいが、栄養剤ではフラフラで作業もままならないため、治るまでは病棟に居なければならないのだろう。困ったことに病棟ではテレビが見られない。官本も借りることができない。そして作業をしなくていい代わりに報奨金もない。つまり使える金もゼロ、俺は再びゼロ銭になったのだ。生きるのに必要なカロリーを摂取するだけで、あとは寝ているか横になっているかしかない。生活も、何もないゼロ生活だ。

結局丸三ヶ月間ゼロ生活は続いた。重湯から五分粥になって、今は普通の飯が食えるようになった。体重は20kgも落ちた。同衆たちやオヤジや工場、そして居室が懐かしく思えた。同衆からこっそりグラビアアイドルの切り抜きをもらって、見回りにバレないように飾ってあったものが剥がされて小机の上に置かれていた。いない間に総検が入ったのだろう。歯を見せる不自然な笑顔のアイドルが「おかえり」と言っているように思えた。

工場に戻ってすぐに更生保護施設から『受け入れ可』の通知がきた。まだ1年半もあるのに気が早いと思ったが、そうでもないらしい。初犯であるおれは4ピン、4分の1、つまり半年近いの仮釈放がもらえるだろうとのことだ。そうだとすれば、あと1年ということになる。折り返し地点まで来て、この生暖かい地獄の生活のゴールが見えた気がした。

そして、二回目のお盆休みが終わった直後に、オヤジから「本面な、来週までにこれを書いておけ」と紙を渡された。パロールというらしいその紙には、出所後どのようにして自立していくかを書かなければいけない、よってそれを考えなくてはならなかった。刑務所程度の仕事ならできるが、舎場に紙袋を作る仕事があるとは思えなかった。これまでロクに仕事もせずにブラブラしていた俺にできる仕事などあるのだろうか、分からなかったがパロールには『出てから探したい』と書いた。

二度目の運動会が終わって数日後、工場に金線が来た。制服に金色の線が入っている役職者は、手に赤いファイルを持っていた。

「本面だ」

いよいよ出所が近いことを、その知らせが告げていた。冬の訪れにはまだ少し早い暑いぐらいの日だった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?