小説 永遠に0(最終回)



新宿駅に着いた俺は、地下空間をさまよい歩いた。逃げてきたのはいいが、見つかる可能性がゼロの代わりに、当てもゼロ、目的もゼロ、持ち物もゼロ、あるのは今着ている服と生命だけだ。植物と同じだ。いっそ木になれたらどんなに幸せだろう。

そんなことを考えている内に、道に迷ってしまった。仕方がないので、迷路のような地下から碁盤の目になっている地上へと出た。煌々と明るい地下と違って、地上は日が暮れかかってうす暗くなっていた。どこへ行けばよいのか。土地勘もなく、乱立する高層ビルを見上げながら途方に暮れた。

ふと頭に、俺のようにあちこち歩き回ることを西行というと、刑務所の同衆から聞いたことが思い浮かんだ。ナポレオンもヒトラーも東に攻め入って命を断つはめになった。西だ。西を目指そう。

西にしばらく歩くと高いビルに囲まれた広大な公園に出た。空はすでに星が出ているはずだが、霞がかかっているようで見えない。今日はこの公園で野宿だ、そう思ったが、あまりの寒さに歯の根が合わない。

結局そこでずっと空を眺めていた。漆黒に白のレースのカーテンをかけたような新宿の空は、濃紺から白とオレンジに変わり、うすい水色になっていった。なぜだか知らないが、自由であることを実感した。何をするのも自由。どうせゼロなのだから、犯罪と借金(貸してくれる人がいるとは思えないが)以外は全てプラスになるはずだ。刑務所で見たテレビの中のアイドルが『この空がトリガー』と歌っていたが、まさに晴天の霹靂だった。気付きだった。人々が動き出す頃、俺もまた何かを探して歩き始めた。

始めに『おれは今ゼロせんで戦っている』と言ったが、訂正する。生活に必要な最低限の収入は得ている。足るを知った俺は多くを望まない。生きて、そしてほんの少しだけ誰かの役に立っていればそれでよいのだ。

あの日公園を出た俺は、たくさんの人の列を都庁前で見かけた。何の列か尋ねると、困窮者に食料を配布していて、それを貰うための列だという。渡りに船とばかりに俺も列に並んだ。貰った食料は、トマト1個、きゅうり3本、梅干し2個、手作りと思われるパン2個、乾パン1個、それとアルファ米3つだった。

食料を貰った後、相談会が行われると聞き、そこにも並んだ。相談にのってくれた女性から、今日明日どこかに泊まって月曜に役所で生活保護の申請をするようにとのアドバイスと現金5000円を貰った。区役所まで行き、どこか2500円で泊まれるところはないか探したところ、24時間開いている銭湯がちょうど一泊2500円だった。そこで貰った食料を食べて二日を過ごし、月曜の朝に福祉事務所で生活保護申請をした。

住むところは四丁目にある簡易宿泊所。保護費が出るまで二週間かかるので、一週間一万円、計二万円を前借りした。初めの一週間はミイラのように眠り続けた。次の一週間はひたすら食べた。そうして二週間が経ち、家賃を引いた保護費10万円を得た。

あの時の女性に5000円を返そうと、次の土曜日に都庁へと向かったが、メガネの男性から、くだんの女性はボランティアで今日は来ていないと言われた。では男性に渡そうと思ったが

「その5000円はあなたの新しい門出に送られたものです。もしその5000円を誰かに渡したいのなら、困っている人にあげてください。」と受け取らなかった。ではせめて手伝いをと申し出たところ、快く了承を得て俺はボランティアスタッフになった。その後、俺はボランティアをやりつつ、経験談を語りに全国を回っている。

ゼロになったらどうすればいいのか。どのセーフティネットに頼ればいいのか。法律や借金の相談はどこにすればいいのか。時には個別にアドバイスをすることもある。

俺は思う。ゼロであることは恥ずかしいことじゃない。余計な欲と変なプライドさえ持たなければ、ゼロは必ずプラスへと向かう。

ゼロこそが全ての始まりなのだと。

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