私のちょっと不思議なベンチャー企業との1年間
こんにちは、株式会社GOAL-Bの岡中友美です。
入社して1年以上経ったので、久しぶりにnoteを書きました。
まだまだ伸びしろだらけの私ですが、
「全ての人に可能性がある」
を少しでも多くの方に近くに感じていただければ嬉しいです。
自己紹介
私はGOAL-Bに2021年の12月に入社しました。約1年と5ヶ月で総務サポートからキャリア事業企画、採用人事などを担当してきました。
GOAL-Bには異職種未経験領域への転職で新卒から2社目です。新卒では、急性期病院で病棟看護師として3年と少し働いていました。
もし、それまでの私について詳しく知りたいと思ってくださった方はこちらの記事をご参照ください。今回は割愛させていただきます。
GOAL-Bってどんな会社?
「全ての人に可能性がある」を経営理念に掲げるコーチングカンパニーです。
キャリアコーチングをメインに、コーチングスクールやパーソナルコーチング、組織コーチングを提供しております。
創業ストーリーと事業概要はそれぞれ社長とメンバーのwantedlyストーリーがわかりやすいので気になる方はぜひご覧ください!
というのが表向きの説明で、どんな会社なの?と聞かれたら
「ちょっと不思議なベンチャー企業」
とお伝えするのが私らしいかなと思います。
なぜかというと、
メンバーが物理的に大きくてビジュアル強すぎる。
そして、コーチングというサービスが人の習慣的なものではなく、無形のサービスなので怪しいという印象を持たれることが多い。
さらに、多くのメンバーがYoutubeを中心に発信活動をしているためそのイメージが強い。
それらを踏まえて、「ちょっと不思議なベンチャー企業」とお伝えするのが私らしいかなと思います。
なぜGOAL-Bに入ろうと思ったのか?
「死ぬときに後悔したくなかったから」です。
なぜその考えを持っていたのかというと、前職で人生の先輩たちの後悔を聞くことが多かったからです。その中で、
「あの時〇〇すればよかった」
「自分の気持ちに素直になればよかった」
という後悔がとても印象に残っていました。
私はありがたいことに「一緒に働きませんか?」と声をかけていただきました。
当時の私は、"今のままでは幸せな人生を送れない"と気付いていました。
"人生を変えたい"と思ったら今までの私が絶対にしない決断をして、大きく環境を変えることを心に決めました。
そして何より、今この話を受けなかったら”死ぬ時に絶対後悔する”とわかったのでGOAL-Bに入ることを決めました。
実際に入ってみた当時の心境
これは感じたことをそのままお伝えします。
今振り返ると、何もわからなくて不安だったというのが率直な気持ちでした。
今までの経験が全く役に立たない環境だったので、ゼロから始めました。怖かったです。
入社してからのざっくり年表
最初はバックオフィスで入社した
私はGOAL-Bに入社した当時、バックオフィス・総務という肩書きでした。
基本的には、中川愛美の手が回らなくなってきた部分のルーティン業務を引き継ぐこと。これが私の役割でした。
その他にも、名古屋ジムでのタスクや、マンティ福原と働いていることが多かったので彼が関わっているサービスやタスクの管理を入社前から勝手にやっていました。
2021年12月は右も左もわからない状況でバックオフィス業務を覚えはじめ、それに加えてオンラインボディメイクサービスのリリースに気付いたらサポートに入っていました。
基本的には、お客様管理やリマインド連絡などを担当していたのですが、この頃からマーケティングの仁井田紀之とは一緒に仕事をしており、サービスの作り方や売り方をマーケティング視点で学ばせてもらいました。
・ペルソナは固有名詞で!
・お客さんが何に困っているのか必ずインタビューをすること!
これらはかなり染み付いています。
また、マーケティングに少なからず関わることで"広告"と"広報"の違いを知って私は"広報"の方が得意だとわかりました。何より、サービスリリースに向けた動画の企画制作が楽しかったことを覚えています。
オンラインボディメイクサービスは、通算3期までご提供させていただきました。
実はこの時、MacBookの2本指でスクロールも知らなかった私がスプレッドシートの作成と管理に立ち向かった初めての経験でした。
そもそもサービスを作って販売すること自体が初めてだし、何が必要なのかもわからないので言われるがままに必要なタスクを消化する。これをひたすらやり続けました。
今振り返ると、”わからないこともわからない”状況だったので理由を考える余裕もないぐらい毎日精一杯で、ただがむしゃらに過ごしていたという印象です。その分たくさんメンバーに助けてもらい、具体的な業務の経験を積み、知識を身につけられました。
告知だけのつもりだったのに
次に関わった大きなお仕事は、2022年5月開催の"第2回BIG3大会"でした。
最初はマンティ福原のタスク管理として、協賛企業様やゲストの方々のSNS告知を担当していました。こちらも気付いたらメインでサポートに入っていました。
各協賛企業様やゲストの方々へのご案内をはじめとして、当日までの準備運営の裏側全てを担当していた気がします。1ヶ月前から多方面のこぼれ球を拾うように入っていき、当日までバタバタと動き続けていました。
その裏では新規事業の立ち上げ
実は、その裏側でもう1つ動いていたことがあります。それは、
キャリア支援事業の立ち上げです。
今は弊社の累計売上4億を超えるメイン事業であるキャリアコーチングですが、これがなんと同じタイミングで立ち上げでした。
当時、バックオフィスメンバーが中川愛美と私の2名体制だったことや、BIG3大会をはじめとして今までの動きを評価してもらい、サービスの立ち上げメンバーに抜擢していただきました。
山宮健太朗に言われた「ともみちゃんは誰に付くかで決まる」という言葉がとても印象的でした。当時は意味があまりわかっていませんでしたが、キャリア支援事業の立ち上げで島田隆則と一緒に働くことができたことは、私の可能性を広げる大きなきっかけになりました。
この事業の立ち上げでは、お客様の入り口からセールス、決済、その後のサービスへのフローこれら全てを構築していました。
初めのうちは"抽象と具体の思考"というのが全くできませんでした。具体のタスクが事業の目指すビジョンと全く結びつかずタスクにまみれていると感じることも多かったです。
そんな私にも諦めずに具体に紐づく数段抽象的な部分や、意思決定をする上で必要な観点について、毎日朝夕30分ずつ時間をとって会話してくれた島田隆則には頭が上がりません。
それらが結びついた瞬間は本当に嬉しくて、とても腑に落ちたのを今でも鮮明に覚えています。それ以降は、実際のタスクが事業のビジョンにもつながり、サービスを構築する面白さを知って本当の意味で仕事を好きになりました。
これらに気づいたとき、大企業では絶対に経験できないことをさせてもらえている喜びや面白さを感じるとともに、大きな不安が押し寄せてきたことも覚えています。
使うシステムは本当にこれで良いのか?
今の事業規模と費用感での最善はどこなのか?
改良したいことが多い状況で優先度はどのようにつけるのか?
そんなことを常に考えつつも、日々の決済確認やお客様と営業からの質問対応、システムの導入からマニュアル作成など、かなり具体的な業務も担当していました。
ありがたいことに事業は右肩上がりで成長し、2022年4月から立ち上げたキャリア支援事業は2022年10月には累計売上約2.5億円規模事業となりました。
気づけば自分がスキルを身につけて経験し、成長すれば乗り越えられる範囲を超えていて、正直自分の限界を感じていたというのが本音です。
それは、対応する業務量という観点とこのスピード感でこれ以上の事業拡大に関する知見がないという観点の両側でからです。さらに、売り上げが大きくなればなるほどチームを動かすマネジメントや育成から目を背けることはできなくなりました。
業務量についてはマネジメントや育成に挑戦し、ある程度責任と役割を渡す形で少しずつ手放していくことができました。ただ、事業拡大に関する知見がないということについては、私が社外から色々な知見を情報収集することだけではスピードや規模感がどうしても追いつかないと感じていました。
自分から初めて手を上げた
結論、メンバーを採用しました。
今の自分にはできない=他のメンバーを配置or採用
この思考になりました。
当時、他にキャリア支援事業の企画リーダーとなるメンバーがいなかったので「採用するしかない!!」と考えていました。
そこで、キャリア支援事業の企画メンバーを採用する!と自分の中で勝手にGOAL設定し、GOAL-Bに入って初めて自分から手を上げたのが採用プラットフォームwantedlyの運用でした。
今までは、気づいたらメインでサポートしていたり、抜擢していただいての配置でしたが初めて自分からポジションをとりにいった経験です。
正直もっと魅力的にみせられると思っていたし、何より圧倒的に根拠のない自信がありました。
結果、運用開始初月に事業企画メンバーを3名採用することができました。実際に、それぞれキャリア支援事業の根幹を担うメンバーとして、活躍しています。
手放したもの
それは、これまでつくってきたキャリア支援事業の企画リーダーというポジションです。
正直とても怖かったです。もし私がここを手放してしまったら、
「会社に価値貢献できるかわからない」
「居場所がなくなってしまうんではないか」
私も人間なのでそんな感情もありました。
でも、本当に会社を成長させたいと思うなら、もうそこは私ではありませんでした。そして、その選択をして正解だったと思っています。
本当にこの組織は、いつでもありがたすぎるぐらいブカブカのジャケットを着せてくれます。キャリア支援事業の企画もそのリーダーも当時の私には永遠にサイズアウトしないレベルのジャケットでした。
でも、心から信じて着せてくれるからこそ、どうにかこうにか自分でも大きくなろうとします。だからこそ、気づいたら似合うぐらいになれると信じて成長できるんだと思います。
今は何をしているのか?
今は大きく3つのことをやっています。
1つ目は、新規事業の立ち上げです。
GOAL-Bでは2023年5月から新たに人財研修事業として"コーチングスクール"の提供を開始しております。この立ち上げ企画メンバーとして日々奮闘中です。
2つ目は、会社のリブランディングです。
組織アップデートに伴い、GOAL-Bの魅せ方もかなりアップデートしたい状況です。HPアップデートに関連するやりとりを社内外問わず多方面と行ったり、役員メンバーの抽象的な思想部分を具体でどのように表現していくのかという部分を担当しています。これが結構好きです。
3つ目は、人事です。
特に採用で、wantedlyの運用サポートがメインです。その他、社外向けの資料作成の調整などを行なっています。
結局何が伝えたいのか
「全ての人に可能性がある」
これだなと。
イレギュラーな未経験領域への転職であっても、それは"個性"になります。そして、努力の方向性を間違えずに泥臭くやり続ければ成果が出ます。
自分の強みや才能の領域で戦うとなれば、もしかしたらそれは定量的な指標で計れるものではなく一筋縄ではいかないかもしれないし、短期的には評価に繋がらないかもしれない。
まさに私もそうでした。
そんな私でも今は"代わりのいない存在"だと感じています。
数字を出せる人を羨ましく思った時期もありました。でも、その感情で自分の"やりたいこと、好きなこと、得意なこと"から目を背けないで考え続けていてほしいです。遠回りはするかもしれないけれど、ちゃんと自分の輝ける場所が見つかるからです。
GOAL-Bにいると”めっちゃ仕事ができる人”というYoutubeフィルターがかかって見えるんですが、私はそんなに要領が良い人間ではありません。
このnoteも書きますと言ってから1ヶ月ぐらいかかってます。
最近は頭を使って考えるということができるようになってきましたが、慣れるのが遅いので、人よりもかなり時間を使ってカバーすることが多いです。ただ、仕事って取り組む姿勢だなと思います。もっと言うと人間性が一番重要だとこの組織にいた1年で強く感じました。
仕事が進まなかった1日だって、人間的に成長できた1日だったらもっと価値ある時間だったと私は思います。
だから、目の前の仕事だけで「自分はできない」という自己評価はせずに、自分が一番自分の可能性を信じてあげる。
それが「全ての人に可能性がある」を体現する大前提だと思っています。
私が入社してからの1年は以上です。
もし、少しでも会社や仕事に興味をもっていただけましたら、wantedly覗いてみてください!
謝辞-おわりに-
本を読むと最後によく謝辞が書いてあるけど、これってなんであるんだろう?と思ってました。
ただ、文章を書いてみたら自分だけではできなかったことがありすぎて全てが私の成果のように書くことに抵抗がありました。この1年を一緒に歩んでくれた人がいるからこそだなと感じています。
キャリア支援事業を作っていく上で、たくさんの観点を提供してくれて私の可能性を大きく広げてくれた島田さん。
お客さんに対してサービス作って売ることの最初の部分を教えてくれた仁井田さん。
普段はふざけてるけど本当に困ったときには助けてくれるマンティ。
お前はこんなもんじゃないと常に引き上げてくれた安慶名さん。
あんたはセンスあると言ってくれてなんだかんだ気にかけてくれているなぎらさん。
いつも人として生きる上で重要な観点を提供してくれる村岡さん。
ともちんは好きにしたらええと言いながらも必要なときはいつでも電話できるAKIOさん。
名前をあげきれていないけれどいつも支えてくれているGOAL-Bのメンバー。
GOAL-Bのサービスを利用してくださるお客さん。
GOLA-Bと関わってくださっているみなさん。
いつも気にかけてくださり気さくにお話ししてくださるweworkオフィスのメンバーさん。
ここでお名前をあげられなかった方々もたくさんいます。
そして、どんな時も信じてくれる友人と家族。
私に関わってくださる全ての皆さまに心からの感謝を。
岡中友美
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