教育の質的転換を求めて(1)

 2ヶ月に近い間を開けての投稿。つまり久しぶりの投稿。この間、「ツイッター」を始めて、それを楽しんでいた。しかし、ご存じのようにツイッターは字数制限があるので、続けていると欲求不満によるストレスがたまる。それに、自分の専門性から世の中に何か言いたくなってきた。

 そこで、再びここに戻ってきた。

 ということで、テーマにもあるように、「教育の質的転換」を促すために、自分の考えをまとめていきたい。

 「質的転換」を「促す」ということは、現在の教育やそれに携わる「先生」に満足していない、と言うことである。

 75年前に戦争に負け、日本は15年続いていた戦争状態が終了した。

 この75年、あらゆる分野がすさまじい進歩を成し遂げた。しかし、教育の分野や教員養成の分野はどうであろうか。

 個人的な見解は、進歩していない。である。

 その理由に言及する前に、とりあえず、「どうあるべきか」ということをまとめていきたい。まずは、教育の根幹となることに関してコメントしていきたい。

1 始めに

 今という時代は大人が子どもに多くかかわっている。もちろん全体的にみてのことである。このような時代は人類の歴史上はじめてなのではないだろうか。
 兄弟が少なく親が一人の子どもに関わる時間は過去に比べて相対的に増えている。生まれて早期から保育所に入り、3歳以上になるとほとんどの子どもが保育所か幼稚園に入っている。それから、お稽古事等でそこでも大人の指導の下なにかをしている。そしてスポーツ少年団。そこでも指導は大人である。
 また、高学歴社会と言われるように、他の先進諸国よりも割合的には少ないが、多くが高校を卒業し、専門学校、短大、大学に進学する。
 これだけ大人と長い時間かかわり教育を受けるのであるから、本来ならばだんだんと「豊かな人生を送ることができる人」が増えていかなければならない。
 しかし、現実はどうであろうか。
 「いじめ」は相変わらずなくならない。「自死」する人も多い。クレーマーなど非常に主観的な言動を取る人も多い。また、近所トラブルなどコミュニケーションの問題が今日の社会の課題となっている。
 さらに言えば、「引きこもり」、「過労死」、「ニート」、「近親者への殺人の増加」、「SNSでの罵詈雑言」などなど、問題をあげればきりがない。
 このことは年齢には関係ない。様々な年齢層で、「えっ!」と言う問題が生じている。
 なぜなのだろうか。
 人は生まれながらに「不幸な人生」を送ろうとする人はいない。
 物心ついたら、「豊かな人生」を送ることを夢見ているはずである。
 なぜ、「豊かな人生」を送ることができないのか。
 なんやかや、疑問に思うことを、「人の育ち」を考え、今後、少しでも多くの人が「豊かな人生」を送ることができれば、という思いで文章をまとめていきたい。
 もちろん、教育だけで物事は良い方には進まない。
 しかし、それぞれの専門分野を深め、それぞれが社会に貢献することで少しは前に進めるのではないかと考える。
 このに流れる理論を現実とすれば、現在の社会にある多くの子どもに関わる課題は解決される。
 「外に出てあそばない」。しっかりとあそべるようになります。「みんなであそぶ”のがおもしろい」と感じ、友だちと互いに個をぶつけ合いながら、友だちを大切にし、あそぶことができます。「いじめ」のある学校では、「いじめ」は解決されます。
 このように断言しているのは、多くの場所でこのことを現実にした足、現実になったからです。

 
 今回はここまでです。

 次回は、気力が充実したら掲載します。

 まあ、読む人はいないでしょうが。自虐的です。

#教育 #幼児教育 #教育の基礎 #子育て


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?