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とある女性社員の憂鬱 | サイドトラック放浪記(番外編)

閑話休題。
旅の話にうつるまえに、昨年上司との間におきたもやっと事件と、その事件に対するわたしの思いをまとめてみた。幾年にもわたって積み重ねられ踏み固められてきた地層の上でいくら改革の旗印を掲げても、地層を掘り返すのはなかなか困難だ。

夜の街を知らない女の疑問

あれは昨年6月下旬の昼下がり。上司とちょっとした言い合いになった。原因はまだ実態がつかみきれていなかった新型コロナウィルスだ。コロナが原因といっても、やれテレワークしすぎだの、やっぱ会議はリアルだよだの、おれは同調圧力に負けてマスクするやつが嫌いだのといった上司の発言への抗議とそれに対する反論によるものではない。コトの発端はホストクラブだ。新宿歌舞伎町の。

世間知らずと笑ってくれてもいいが、当時一斉を風靡していたニュースをみて疑問に思っていたことがある。

「国内で47人感染…28人の東京、ホストクラブ従業員ら「夜の街」は9人」(6/4 読売新聞オンライン)
「ホストクラブなど“夜の街”関連が32人 東京都 新たに47人感染」(6/15 FNNプライムオンライン)

ちょっと待てよ? キャバクラの聖地とも呼ばれる新宿歌舞伎町で、キャバ嬢が感染するなら話はわかるが、なぜホストの感染者が多いのか? それはつまり歌舞伎町へ夜な夜な出向く客は男性でなく女性ということになる。

ホストクラブで逆ギレされた、その理由とは

男社会の企業に身を置いて二十余年。新入社員の頃から、上司や先輩方が残業あけの仕事帰りや一軒目の飲み屋の後に鼻の下を伸ばしてキャバクラへ繰り出す姿を見てきたので、コロナ禍でもつい夜の歓楽街へ足を運んでしまうのは当然男性陣に違いない、と思い込んでいた。

そこで夜の街の実態を知らないわたしはホストクラブで感染が広がっている理由として次のような仮説を立てた。
こういうご時世である。キャバクラやクラブのママはお店の子やお客様を危険にさらさぬよう、おかみに従って営業を自粛している。かたやホストクラブでは「君が来てくれないと明日の米さえ食えない生活なんだ」とノルマを背負ったホストが殺し文句で常連客を誘いこみ、情にほだされた心やさしい女性客が、行ってはいけないと頭ではわかりつつも、つい通ってしまったのではないか、と。

そんな仮説を会社の昼休みにwebニュースをぼんやり眺めながら、斜向かいに座る50代男性上司に向かって雑談ついでにしたところ、思いもよらない反発を受けた。「何が優しいからだ。こんなときにホストクラブに通うなんて、状況判断のできないただのバカだろう。もし逆だったら男が優しいからだ、なんていうか? 言わないだろう。絶対男を非難する。それは逆差別だ」

驚きのあまり反応できなかった。要するに彼からしてみれば、わたしは必要以上に女性を擁護しているというわけだ。確かにキャバ嬢やそこへ通う男性客が感染したら「まあ男だからね」と言って、肩をすくめていたかもしれない。男性客は心が優しいからキャバクラへ通ってしまう、とは微塵も思わないだろう。しかしなぜかその上司の反論が釈然としないのだ。釈然としない、というよりむしろ腹が立って反論したくてしかたがないのだ。

しかし反論するべき理由と言葉がすぐにはみつからない。なぜこんなにむかついているのだ、わたしは。仮説がこっぱ微塵に論破されたから?ホストに通う女性を馬鹿にされたから?それともわたしの無知を指摘されたからなのか?そしてやっぱりなぜホストが感染するのか。

キャバ嬢にいれあげる男とホストに貢ぐ女の違い

ホスト感染の原因を究明すべくわたしは3密対策が万全な行きつけのバーへと繰り出した。場所は話題のスポット歌舞伎町。立ち飲みすれば50人は入るスペースに客は私ただ一人。カウンターの端でバーボンをソーダで割り、つまみにと差し出された和三盆を頬張りながら、わたしはマスターに尋ねた。なぜ、こんな情勢でも女性はホストクラブへ通うのか、と。

グラスを磨きながらマスターが語った。「男はキャバ嬢に振り向いてほしいって自己満足で通っているんだよね。好きなキャバ嬢を落とすために1万円の花を贈ることで満足している。自己満足でしかないから、こんな時期にわざわざ危険を冒してまで通わない。女は違う。好かれたいというより、好きな男をNo.1に押し上げたいという思いで通っている。NO.1にしてあげられるなら、という気持ちで百万円とか使っちゃう。モノが違うんだよ」

合点がいった。男性客と女性客では歓楽街へ行く目的のベクトルが真逆だったのだ。男性は自分を満たすため、女性は相手を満たすため。男は現実のなかで儚き夢をクラブに求め、女はクラブという夢のなかで現実を昇華させているのだ。ホストを満たすことで自分も満たされる、そういう現実離れした女の覚悟は、男のそれとはちょっと違う。

差別ってなんだろう

謎が解けて気を良くしたわたしは早速、翌日上司に報告しようと会社に向かった。しかし行く道すがらに考え直した。なにもこのコロナ禍に歌舞伎町へ行ったことを叱責されるのでは、と恐れたわけではない。ただ、上司にそれを伝えたところでわたしがあのとき釈然としなかった理由が解消されないことに気づいたからだ。わたしがあの日の口論で言い返されて腹が立ったのは、ホストに入れあげる女を馬鹿にされたからではなかった。それ以上にわたしたち女性たちがどれほどの見えない差別を受けてきたかも知らずに軽々しく「逆差別だ」と言い放った、その無神経さに腹がたったのだ。

だいたいだ。わたしは上司との会話のなかでキャバクラに通う男性を非難もバカにもしてない。口論の俎上にすらあげていない。なぜなら、キャバクラ嬢とそこへ通う男性客が感染しても、先輩方の数々の素行から「ですよね」と納得がいくので、疑問にすら思わないからだ。「逆差別だ」といって男性客を擁護し、ましてやホストクラブへ通う女性を「バカ」よばわりしたのはほかでもない、あなた(上司)だ。

ホストクラブへ通う女性を擁護したような発言は、たしかに彼にとっては「逆差別発言」に聞こえたのかもしれない。でもたった一度の「逆差別発言」を容赦なく糾弾されたことにわたしは憤りを感じたのだ。

日本企業における女性社員の日常

もしここが男女逆転した社会だったらと想像していただきたい。会社のボードメンバーは全員高齢女性。会社の9割近くが女性社員で、80名近くが集まる管理職会議で女性社員に交じって一人ぽつんと出席するも、もはやその存在に意味はなく、女性側の理論だけで議題は決定されていく。人並み以上の成果をあげても「男にしてはやるな」のひとことで片づけられてきたが、政府が示した「男性活躍推進法」によって女性同期から遅れること約10年、ようやく男性にも役職の道が拓かれた。

しかし、それを決して男女間の差別ではないと思ってきたし、ただの一度も不当な扱いだと声を上げたこともない。それはおのれの実力不足だろうと甘んじて受け入れてきた。それが日常だった。

もう一度改めて今現在の日本企業の実態を振り返りたい。「女にしてはやるな」が評価の代わりの褒め言葉。それが現実だ。こうした小さな見えにくい差別が連綿とおこなわれてきた、または今も行われていることを1㎜たりとも意識せず、たった一度の女性擁護発言を逆差別だと間髪いれず指摘する。そこにわたしは腹を立てたのだ。

逆差別、上等

コンプライアンスや多様性教育が進むなか、女性の感覚や意見に傾聴する男性もたくさん現れ、それと同時に輝かしく活躍される女性も増えてきて、頼もしい時代を迎えている。ただ残念なことに、未だにこういった火種がくすぶっていることもまた事実なのである。

ホストクラブに通う女性を擁護したことを男性への逆差別発言だ、と機敏に感じ取れるほど多様性に対する深い理解があるのであれば、ぜひ今自身の周囲にいる女性たちに対する発言にも同様の理解と気配りを示してほしい。

今後はたらく女性や女性管理職は加速度的に増え、大きなうねりとなって世界の色を塗りかえていく。それまでにその勘違いだらけの差別意識を見直さなければ、あなた(上司)はそのうねりの渦に飲みこまれて沈んでいくだけだ。

※写真は新宿歌舞伎町(日本)
※この日記は去年受講したオンラインスクールの課題をまとめなおしたもの

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