正弦定理3
□正弦:理
中庭から見える月は、本当に美しい。
できれば毎晩見続けていたい。
けれどもその向かい側の廊下には、いつも定がいる。
神妙な顔でいつもこちらを見ている。
月を見ているのではない。
こちらを見ている。
顔だけは月を見上げ、心の矢印はこちらに向かっている。
その思いが重く、鬱陶しかった。
しかし今夜はなぜか定がいない。
『ふせっておるのか?』
少し心配したが、久々の開放感を得た正弦は、月を堪能しようと廊下に出ていた。
しかし。
空は暗く、しばらくすると、ぽつぽつと、雨が滴りだした。
「雨…」
がっかりと肩を落とした正弦。
ぽつぽつ、ぽつぽつと、ゆるやかにリズムを刻みながら雨が降ってくる。
正弦は気を取り直した。
雨もまた良し。そのリズムもまた、心地良いではないか。
正弦は目を閉じて歌った。
“つなぐ
そなたとわれ
時をつむぎ
時をめぐり
ゆれる
そなたとわれ
時をかなで
時をおどる
それもことわりの中のたわむれ
それも――――“
頭上に木の葉が落ちてきた。
かっと目を開ける正弦。
風が、また、吹いている。
熱い風が。
『誰じゃ!』
暗闇に向けて問うた。
ザザッ。
今度は確実な気配がした。
雨が、先程よりも早いリズムを刻んでいる。
目の前に、弓矢を構えた全身緑色の者がいた。
「あんたこそ誰?」
驚いた。女のようだ。
◆理:正弦
風の気配を見失ってあたりを見渡す理。
いつの間にか都の中に入っていた。
あたりはもう暗い。
肩で息をして気配を探る理。
すると-熱い風が肩先をかすめた。
見つけた!理はその風に木の葉を舞わせた。
追っている途中で拾っておいた。
木の葉はくるくると舞いながら、ある屋敷に入っていった。
しかしその屋敷には門番がいた。
理は屋敷の塀を軽々と飛び越えると、庭に入った。
木の葉は、相変わらずくるくると舞いながら、奥に進んで行った。
雨が降ってきた。
そして、
歌が聞こえてきた。
澄み切った高い声で誰かが歌っている。
その歌に吸い寄せられるかのように木の葉はそこに向かって行った。
小さな中庭に
1人の女がいた。朱と白の装束に身を包んでいる。
その女が歌を歌っている。
すると、木の葉が、その女の頭上でひとしきり舞うと――――そのまま落ちていった。
風を、取り込んだ??
怪しい。一体あの女は??
その女は、理の気配に気づくと歌うのを辞め、目を開いた。
「誰じゃ!」
理は、背中の矢を一本引き抜いた。