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「こわい」の正体

小学校に上がる前、近所の豆腐屋のガラス戸に貼られた文字が怖かった。

「やっぱり豆腐」

「や」という文字が、人の姿に見えたのだ。右手を腰にあて、左腕を振りかぶって、隣で身をかがめる「っ」に今にも殴りかかりそうだ。

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幼い頃、勝手な想像で怖がっていたものは他にもある。

実家の廊下に置いてあった本の背表紙。赤黒い、ドロドロとしたタッチの絵が描かれていた。私はその絵を、アニメ映画『風の谷のナウシカ』に登場する赤い巨人・巨神兵の一部だと思い込んでいた。廊下の先にあるトイレの行き帰りに、怖さのあまり全速力でダッシュする娘の姿を怪訝に思った父親が、私に事情をきき、絵の正体を教えてくれた。それは、ヨーロッパの王様のビロードのマントを描いたものだった。

怖いと思っているものの大半は、思い込みから来るのだろうか。数ある心配ごとも、過ぎ去ってみれば何ともなかったり、想定外の結末を迎えることもある。終わって一週間も経てば、それを恐れていたことすら忘れている。

もしも「こわい」の正体が、自分の中に起因するものならば——。そんなに怖がらなくても良いのかもしれない。

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