読書メモ 「正しい楽譜の読み方」

「正しい楽譜の読み方 バッハからシューベルトまで 〜ウィーン音楽大学インゴマー・ライナー教授の講義ノート〜」
大島 富士子
現代ギター社 2009年



ピアノのレッスンを再開した。
たしか小六か中一で辞めて以来なので、ほぼ35年ぶりである。


最後は嫌々続けていたピアノだったが、辞めてから何年か経ち、大学の時たまたまテレビで見た(NHKの3チャンネルだった)ゲルハルト・オピッツ氏によるベートーヴェンピアノソナタ講座(月光・悲愴・熱情の三大ピアノソナタだったと思う)にめちゃくちゃ感動してしまい、大学の課題を制作するより(大学は美大だった)ピアノを真剣に弾いていた一時期がある。
しかし就職してから再びピアノから遠ざかり、結婚でさらにピアノから遠ざかり、生まれた娘がピアノを習うようになるとまた少しずつ弾くようになり、といった感じでこれまで来た。


レッスン再開で何を弾くか。それはもうバッハの《インヴェンションとシンフォニア》の一択で決まりだった。


遡ると小学生の頃、スヴャトスラフ・リヒテルの《平均律クラヴィーア曲集》のカセットテープが家にあった。「平均律」という何やら難しそうなタイトルが格好良く思えて聴いてみたが、ベートーヴェンなどに慣れた耳には素っ気なく感じたし、正直良さが分からなかった。それでもただ何となく聴いていた。中学・高校では洋楽ロックにハマり、平均律のことはすっかり忘れてしまっていた。
それが大学生になり、オピッツ氏のレッスンでピアノに再会してから忘れていた平均律を聴き直すと、その素晴らしさにようやく気がついたのだった。
それからは毎日のように平均律を自己流で弾いた。しかし、自己流は所詮自己流である。やはり平均律を弾くにはインヴェンションをちゃんとやらねばいけないという思いを持ち続けていた。


前置きが長くなってしまった。
本書はウィーン国立音楽大学音楽学部教授インゴマー・ライナー氏の大学での講座「歴史的演奏法講座」に基づき著者が記した講義ノートである。
著者はリート歌手であり、ライナー氏とはウィーン国立音楽大学で同時期に学んでいる。ライナー氏はオルガン科とチェンバロ科を、著者はピアノ室内楽科を卒業している。
ライナー氏が1996年以来「正しい楽譜の読み方」と題した講座を日本各地で100回以上行ない、それが好評であったため『現代ギター』誌で連載となり、それらをまとめたものが本書である。内容は「テンポの取り方」「舞曲について」「装飾音符」という3本柱の基礎講義が中心となっている。


基本的な楽典の知識がない私には高度な内容で、特に「第3章 テンポについて」「第4章 テンポの決め方」については正直理解が難しかったので、楽典の基礎を他書で勉強してから読み直してみようと思う。
また「第9章 アーティキュレーションについて」は目からウロコだった。普段ベーレンライター版を使いレッスンを受けているが、原典版だけに拍子記号くらいしか書いておらず、どこでフレーズを切るのかいつも悩むのだ。本書を参考にしてみようと思う。


なぜ原典版に細かい指示が何もないのか。それはいちいち書き込まなくても、バッハは自分の生徒や子供たちが必ず必要な箇所でそれぞれの技巧にあった装飾音符、強弱用語・記号、テンポ用語、緩急用語、演奏表情用語・記号およびキャラクター用語・記号、アーティキュレーション記号で演奏することを承知していたので、敢えて書くことをしなかったからなのだそうだ。これにはびっくりした。
楽譜の役割というか書かれた対象が今とは違うのだ。バッハはあくまで自分の家族や弟子のために楽譜を書いたのであり、不特定多数の者が演奏することを前提に書いたわけではなかった。なるほどと思った。
何も書かれていないから書かれていること以外何もしてはいけない、または何をしても良い、は両者とも間違っていると著者は言う。本書にある「歴史的演奏法」を踏まえ、バッハの時代のカルチャーを理解した上で演奏することこそ、バッハを弾く醍醐味だろうと思う。

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