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アリスとテレスの物語①

自分を知る事は、全ての叡智の始まりである(アリストテレス)

あるところに、海に面した、自然豊かな町がありました。
その町には、アリスとテレスという女の子がいました。
ふたりは小さいころからの仲良しで、なんでも話せる関係でした。親友と呼べる存在だったのです。

ただ、このふたりが似ているか?   というと、そうでもありませんでした。

むしろ正反対と言ってもいいかもしれません。
 
 アリスは、くるくるとカールがかかった髪で、よく笑う、友だちとおしゃべりするのが好きな 子でした。自分の思っていることを伝えるのが得意で、それに対してまわりがどんな反応をしても面白いなと感じていました。

テレスはおかっぱのストレートヘアで、いつも本を持ち歩いて読んでいる、どちらかといえば物静かな子でした。まわりをよく観察していて、みんながどう思っているのかな、と想像するのが好きでした。

ふたりは小さなころから、一緒によく遊んでましたし、お互いの違いを面白く感じていました。

ある日、学校帰りにふたりが港に行くと、そこには見慣れない大きな船が来ていました。

大きな船が来ることは、時々あることなのですが、その日は何かが違うように思えました。

「見たことがない感じの船だね」
「ほんとだ、どこから来たんだろう」

そんなことを言いながら船のデッキを見上げると、少し高さのある黒い帽子をかぶった男たちが、なにやらせわしなく船の上で話し込んでいます。

それを見ていると、ふたりはなんとなく空気が重苦しくなってきたように感じました。

「なんだかいやな風がふいてきたね」
「うん、雨が降りそうな感じ……」

ふたりは、ぐるりと空を見まわしました。でも、雨雲は見えません。

「あれ? 雨が降ってきそうだと思ったんだけど……」
 
ふたりは不思議そうに顔を見合わせると、「ま、いっか」と笑って、いつものように港が見下ろせる丘に登って行きました。

ゆるやかな木の階段を上がっていくと、一気に目の前が開けてとても気もちがいいのです。そこにある木のベンチに座って、海を見ながらおしゃべりするのが、ふたりのお気に入りの時間でした。

ベンチに座ると、さきほどの大きな船を見下ろすことができました。黒い服に黒い帽子をかぶった男たちが、せわしなく動き回り、話し合い、船に乗ったり降りたりしています。

その様子を見ているうちに、テレスは、なんだか胸の奥に不安な気もちがじんわり広がるのを感じました。

「あ……いやなこと思い出しちゃった」

「ん? いやなこと?」

「今日うちのクラス、数学のテスト返されたんだ」

「そうなんだ」
 
「平均点より下だったんだよね、先生は68点という平均点も低すぎます!って怒ってて、68点以下の子は、『全然ダメですね』って。それって私のことじゃない?」

 「そう言われたんだ……」

「お母さんにどう言われるかなぁ。あ〜あ、きっとまた怒られる。数学のテストでいい点がとれないんだよね。先生の話は聞いてるんだけど、よくわかんなくて。ほんと私って頭悪いなぁ」とテレスはため息をつきました。

「あ〜、私も絵を描くのは好きなんだけど、先生からは『もっとちゃんとよく見て、きちんとかきましょう』って言われる。よく見てるんだけどさぁ、なんかいつもダメ出しされるんだよね」

アリスがそういった瞬間、

「おじょうちゃんたち。こんにちは」

とすぐ後ろで低い声がしたので、ふたりは驚いて振り返りました。

そこには、あの大きな船に乗っていたのと同じかっこうの男が立っていました。

足音は聞こえず、何の気配も感じなかったのに、いつの間にここに来たのでしょうか。

「聞くつもりはなかったんだけど、話が聞こえてしまってね」

その男の声を聞いた瞬間、ふたりは背中がぞくっとしました。男は黒いジャケットにズボン、シルクハットのような帽子をかぶり、小ぎれいな格好をしていました。

ふたりは、なんと言っていいかわからず、黙っていました。

「いや、きみたちの話、とてもわかるなぁと思ったんだよ。僕も昔、同じような時代があったなぁと思ってね、今は違うけれども」

男は抑揚のない声で目を細めてそう言うと、ゆっくりタバコをすいはじめました。指にはゴールドの大きな指輪が見えます。ふたりは、その男をじっと見つめていましたが、アリスが思い切って聞きました。

「あなた誰ですか?」

「よくぞ聞いてくれた」男は、うれしそうに目を見開きました。

「僕たちは、この町の人たちを助けようと思ってやってきたんだ。きみたちがもっとシアワセになれるようにね」

男はゆっくり近づくと言いました。

「なぜ勉強で悪い点をとると、怒られるのか、わかるかな?」
 
ふたりは何も言わずに、その男を見つめていました。

「いい成績をとったり、お金をたくさんもうけたりすると、まわりからあこがれられたり、ほめられたり、高く評価されて、シアワセになれるからなんだ。でも、今のきみたちは……」

男はふたりをジロっと見ると、少し間をおいて続けました

「誰からも評価されていない。ほめられてもいないしね」

途端にテレスは息苦しいような、不安な気もちにおそわれました。

「それでいいのかな?」

男は、タバコの煙をフーっと吐き出しました。

「まわりがどんな顔できみたちを見ているか、思い出してみてごらん。思ったよりできない子だなぁと思われたりしてないかな?」

そう言われると、テレスの頭の中には先生の言葉や、お母さんのあきれた顔などが、次々と思い浮かびました。男は、それが見えているかのように、テレスに話しかけました。

「でも、きみがもっとまわりに認められるような人になれば、みんながきみのことをすごいなぁと思ってくれるし、今よりもっとほめられる。みんなが、きみのことをもっと好きになるんだ。みんなにいい評価をもらい、必要とされたらとてもいい気分だと思わないかい? だから、僕はそれを可能にする方法を教えてるんだ。みんなの笑顔を増やそうと、この町に来たってわけさ。きみにもぜったいできることだからね」

生温かくて重たい風が吹き、テレスは心が揺らぐのを感じました。何のとりえもない自分に、そんなことが起こったら、奇跡のようです。
男はそれがわかったかのように、テレスをチラっと見ました。

「きみは優秀そうだね。僕も、そうやって今のシアワセを手に入れたんだ。実に簡単なことなんだよ。教えてあげるから、やってみるかい?」

アリスは、テレスに向かって話している男の様子を見ていて、頭がどんどん重くなってくるのを感じていました。空を見上げると、どんよりとした低い雲が空を覆い、今にも雨が降りそうな気配です。

「テレス、もうすぐ雨が降りそうだよ。帰ろう」

すると、男は名刺らしきものを人差し指でくるりと取り出し、テレスに渡しながら言いました。

「このままできみのミライは大丈夫かを、よく考えてみることだ。興味があったら、いつでも連絡してくれたらいい」男はちらりとアリスを見て

「きみにもあげようか?」ともったいぶった感じで言いました。

アリスは首を横に振ると、テレスの手をつかんで丘を降り始めました。登った時の軽やかさとは違って、全身が重たく息苦しいような感じがしました。ひどく疲れた気分になって、ふたりはそのまま言葉を交わすこともなく、それぞれの家に帰りました。

その日の夕食後、自分の部屋に戻ろうとしたテレスはお母さんに呼び止められました。

「ねえ、数学のテストそろそろ返ってくるころじゃない?」

テレスは背中に冷たい水をかけられたようにビクッとしました。

「うん……」

「はあ〜〜その顔だと悪かったのね? 平均点は何点?」

「68点」

「それで、何点とったの?」

「それが……」
 
テレスが事情を説明すると、お母さんは、がっかりしたように大きな声で嘆きました。

「まったく、あなたは、なんでそんな点数とれるの?そりゃ先生もあきれるわよ。前より悪くなってるじゃない!いったいどうなってるの!! 授業ちゃんと聞いてるの?」

「聞いてる。聞いてるよ。でも……」

「でもじゃありません!他の子はできてるんでしょう?どうしてあなただけできないの?」

だんだんとお母さんの声が荒くなっていきます。テレスはどんどんと体が縮んでいくような気もちになりました。

「わかんないよ」

「わかんないじゃありません!」

爆発したように叫ぶお母さんの声に

「私、バカなんだと思う」
  
テレスはそう言うと、階段をかけあがって自分の部屋に入り、扉をバタンと閉めました。テレスは悲しくなりました。わかりたいとは思っていますが、どうもうまく理解できないのです。みんなができて自分にできないのだとすれば、自分の頭が悪いに違いありません。

だからといって、運動が得意なわけでもなく、芸能人やモデルのように、見た目が素敵かというと……そうでもありません。

ベッドに寝転がると、あの黒い帽子の男の言葉が頭をよぎりました。

「今のきみは、誰からも評価されてない。ほめられてもいないしね」

テレスは自分がずっしりと重たく、ベッドに沈んでいくように感じました。

そして、ポケットに入れていた名刺みたいなカードを取り出してぼんやりとながめた後、机の上に置きました。そこには、こう書いてありました。

「きみのミライをシアワセにする方法を教えます」

書籍「アリスとテレスの物語」の原画

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その日を境に、その男たちは、積極的に町の中で活動をはじめました。とはいっても、全身黒ずくめではなく、街中では・・・
アリスとテレスの物語②に続く)


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