エスカレーターに乗る会社員

【もやもや日記-1】企業が求める障がい者の「トリセツ」

精神・発達障がい者の支援経験が豊富な知人がいる。久しぶりに会った彼女が、食事もそこそこに嘆いて曰く「厚生労働省が企業の社員を対象に『精神・発達障害者しごとサポーター』ってのを養成してるんですけど、テキストが全然腑に落ちないんですよ!」

それが下記リンクのテキスト。

障がい者雇用の社員が朝出勤したら、前日仕事を休んだら、出入り口で入るのをためらっていたら…職場のいろんなシーンに合わせて、具体的に社員がすべきリアクションを示した内容だ。しかし…。

「…これって、障がい者の『トリセツ』だね…」と、私。

「そうなんですよ!まずは大前提として、彼らが一般就労の社員と同じように同僚であり仲間であって、人間として接するのが大事だってことを伝えるべきじゃないですか。これじゃ単なるマニュアルです。障がい者雇用された人への、逆差別にもなっちゃうんじゃないかと心配です」

内容も、朝出勤したら→挨拶を。仕事に集中している時→声かけはあいさつ程度にとどめ、雑談は休憩時に。…って、当たり前だろそんなこと!とツッコミどころ満載。最後の方に「障害があってもなくても1人の同僚。慣れてきたら自然な関係作りを」という記載があるにも関わらず、各項目は「飲み会に誘ってもいいのか」「話しかける時の話題は何がいいか」など、まるで腫れもの扱いだ。

そういえば昔、障がい者雇用を実践している企業の「プレスツアー」に参加したことがある。連れていかれたのが地下にある郵便室。窓もない、ほこりっぽい部屋で、数人の障がい者が郵便物の仕分けをしていた。仕事できてうれしいです、と笑顔で話してくれた。

もちろん、仕事に貴賎はないよ?本人たちがやりがいを感じているなら、まったく文句言う筋合いはないよ?でもここ、企業の広報が「うちはこんなに生き生きと、障がい者の人に働いてもらっています!」と、どや顔でプレスに見せる場所ですかねえ。

「すごくもやもやした」と当時のことを話すと、彼女はあっさり「障がい者を郵便室担当にする企業、多いっすよ。あとは特定子会社で、本当にそれ必要?ってつい思っちゃうようなものを、作らせてたりとかね」

「そういうのを見ると結局、企業は障がい者を、多様な社員の1人として受け入れる感覚は持ってないんじゃないかって思うんです。テキストにしても、障がい者引き受けてあげるんだから扱い方教えてよ、って企業に求められて作ったようにしか見えないんですよ」彼女は一気に話して、冷たくなったお茶をぐっと飲んだ。

さらにさらに厚労省は、今年度中にも精神障がい者を対象に「就労パスポート」を導入する方針を打ち出している。厚労省の検討会で作られつつある仕様を見てみると、本人の障害特性と、取り組み可能な仕事の内容について細かい記載欄が延々続く。障がい者が企業に「こんなスペックです」と、自らマニュアルを差し出すようなものだ。

と、そこで思い出したのが大手メーカーの人事担当者の人のおことば。

「精神障がい者の雇用っていうと、まだ『奇声を上げて走り回るかも』みたいなステレオタイプなイメージを持つ人が社内にいるんですよ。現場の人事は実態を分かってても、上に行くほどその傾向が強い。結局、身体と知的(障がい者)で法定雇用率満たせなかったら、お金(雇用率を満たせない場合に企業が支払う納付金)で解決ってことになっちゃう」

それを伝えると、彼女はゲラゲラ笑っている。「奇声とか、そんなわけないっしょ!薬でぼーっとしちゃうとか、むしろ逆でしょ」と言いつつ、ふと真面目な顔をして「企業の理解がその程度だから、人権とか教える以前に、このテキストが必要ってことなんですかね。何かちょっと、腑に落ちた」

「いや腑に落ちないよ!」と私を抱える私に、「私は少し、もやもやが晴れました」と言う彼女。

私と彼女は、精神・発達障がいの人たちが日中を過ごす施設で、取材者と支援者として知り合った。彼ら彼女らは確かに、効率よく、コミュニケーション力を駆使して家事や仕事をこなせるわけではない。対人関係でトラブルを起こすこともある。でも当たり前だが普通にテレビを見て、本を読んで、しゃべって笑って暮らしている。実際に接すると、彼らと同じ空間にいることは本当に「なんてことない」のがよく分かる。

「結局彼らって、ちょっと普通よりめんどくさい人、なだけだよね」と私が言うと、彼女は笑って大きくうなづいた。「そうですよ!愛すべき、普通よりめんどくさい人たちなんですよ!」

マニュアルやテキストで障がい者の雇用が進み、働く場と賃金を得られやすくなるなら、その方がいいのかもしれない。より多くの障がい者が職場に入ることで、企業も変わるのかもしれない。厚労省を責めるべきでもなかろう。でも私のもやもやは続くのだった。障がい者を「愛すべき」と言い切れる彼女の支援者魂に、少し救われながら。


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