分断国家・占領政権・独立運動
私が北キプロスを国家承認すべきと主張していることについて、どうしてそう考えるのかというコメントが来たので一応返信させていただいたが、北キプロスに限らず国家や政府の正統性が問われる問題は多くある。
私は別に国際法の専門家という訳ではなく、法律学では近代国家と前近代の国家とを別物として扱っているようであるが、私は歴史学の観点から国家を広い意味で捉えている。そのことを念頭に、国際法の専門家から見ると不正確な議論かも知れないが、私見を述べさせていただきたい。
国家や政府の正統性が問われる大きな類型を私なりに上げると「分断国家」「占領政権」「独立運動」の3種類がある。
北キプロス問題では、この3種類のどの類型とも一応は解釈できてしまうから、問題がややこしい。つまり、観念的には別々の問題に整理できるものの、現実にはこれらが混ざり合っていることが多いのである。
とは言え、典型的な例を出して説明をさせていただきたい。
「分断国家」とは、文字通り国家が分断されていることであるが、典型的な例とはAとBとがどちらも「同じ領域・同じ国民」を統治するべき「正統な国家」であると主張している状態である。
これにちょうど当て嵌まるのが大韓民国と「平壌政府」(自称「朝鮮民主主義人民共和国」)のケースである。どちらも「朝鮮」という一つの共同体(普遍我)に存在する国家は一つだけであり、その一つしかない正統な国家が自分達であると主張している。
一方、中華人民共和国と「台北政府」(自称「中華民国」)やかつての東西ドイツの場合だと、どちらも「分断国家」としては同じであるものの、少し話が変わってくる。
というのは「中国の範囲」や「ドイツの範囲」が必ずしも明確ではないからである。その状態で「一つの中国」や「一つのドイツ」と言われても、歴史的にも中国やドイツの範囲に変遷があったことは言うまでも無いし、どちらも多民族国家であるから民族を基準に国境を改めて決める訳にもいかないので、必ずしも「分断国家」の類型だけで解決は出来ないのである。
もっとも「分断国家」を解消すること自体は簡単である。「正統な国家」の方が「正統でない国家」を併合すればよい。ドイツの場合はドイツ連邦共和国(西ドイツ)がドイツ民主共和国(東ドイツ)を併合する形で解決した。
しかしながら、実は冷戦下で西ドイツと東ドイツでは主張する「ドイツ」の範囲が違った。東ドイツはソ連の圧力でかなりの領土を放棄したが、西ドイツは「あれはソ連の傀儡政権が勝手にやったことであるから、俺たちは知らん」という立場を崩していなかった。
最終的に西ドイツも現実を見て東側諸国に奪われた領土の奪還を断念したからよかったが、中国については「一つの中国」に異論がある人はいなくとも、そこに台湾が含まれるのか、仮に台湾が含まれるとしてもそこに尖閣諸島は含まれるのか、また、チベットや東トルキスタンはどうなるのか、そもそもチベットや東トルキスタンの範囲についても中国と「台北政府」で微妙に違うがそれもどうなるのか、等と細かい点を挙げるとキリがない。
次に「占領政権」の類型であるが、こちらは必ずしも「国家」の形態をとるとは限らない。例えば、アメリカ占領下の沖縄や日本占領下のインドネシアではいずれも現地住民も参加した政府が樹立されたものの、これらは国家を名乗った訳ではない。
国家を名乗らなかった場合、その統治はあくまでも暫定的なものであり、最初から「政府」も正統性など主張していないこととなる。アメリカの場合は沖縄の潜在主権を一応日本に認めていたし、日本の場合はどうも当初はインドネシアをどうするかについて明確なヸジョンがあった訳では無さそうだが、最終的にはインドネシア独立を将来的に認めるとしてその準備も認めた。
もっとも占領政権による行為を非占領国の憲法秩序においてどう評価するのか、の課題は残る。例えば『日本国憲法』は占領下で制定された訳であるが、日本本土自体はそれでも一応は間接統治であって『日本国憲法』制定も一種の講和条約であったと評価できるものの、沖縄はアメリカ軍による直接統治下にあった訳であり、しかも『日本国憲法』制定時点では『サンフランシスコ平和条約』締結前であるから将来的な沖縄返還もまだ完全に明確ではなかった。沖縄占領は明らかに『日本国憲法』の想定が意図するところであり、また『大日本帝国憲法』にも我が国の一部が占領された場合のことは戒厳令ぐらいしか規定が無いから、これは完全に憲法秩序の想定外のことであったと言えよう。
さらにややこしいのは、「分断国家」と「占領政権」のコラボである。
例えばナチス占領下で成立したフランスのヸシー政権とそれに対抗した自由フランス政府の関係である。これは二つの自称国家が存在しているという点で分断国家であり、しかも片方が占領政権である。
さらにどちらもフランス第三共和国の憲法に基づかずに出来た政府である。そして戦争が終わり占領状態から解除されると第三共和政憲法が復活するのかと思いきや、既に第三共和政は失効したものとして新たに第四共和政憲法が制定されたのである。
そしてもう一方では、フランスには第四共和政はもちろん、第三共和政も第二共和政も第一共和政もすべて無効であって、フランス王国は現存しているという王党派が今でも存在している。
いずれにせよ、立憲主義の観点からは占領政権の正統性は論外である。その上で、フランスの場合はそもそも立憲主義自体が軽視されている国で、戦後も第四共和政から第五共和政に移行するという革命騒ぎが起きているが、このことは立憲主義を貫くには共和制よりも立憲君主制の方が妥当であるということを示している。
最後に「独立運動」の例で、独立運動の際には明確に政府が樹立されるとは必ずしも決まっていないが、近年は国家の体裁を整えていなくとも独立運動の主体には一定の国際法上の権利を認めよう、という流れになっているようである。
筧克彦先生は国家や地方自治体は「本来の一心同体」である普遍我でなければならないと説いたが、これは国際法上の概念で語ると「真正な結合」を有する国民が国家には必要である、ということになろう。
従って、独立運動が正統性を持つためにも「真正な結合」を有する共同体(普遍我)の存在が不可欠となる。
この点、判りやすいのは最初から独立側が普遍我、その中でも自主団体(自主普遍我)としての要件を見たいしている場合である。
例えばアメリカ南北戦争の際に南軍側の州が離脱してアメリカ連合国を結成したが、そもそもアメリカの州はstateであって、元から国に準ずる存在(自主団体)である。アメリカ合衆国がアメリカ連合国の成立を認めなかったのは当然のことではあるものの、アメリカ連合国側も少なくとも国際法上は全く正統性が認められない訳では無いから、現に多くの国が国家同士の戦争と同様に中立を守った。
もちろん有色人種の私たちとしてはアメリカ連合国が亡んでくれてよかった訳であるが。
またアメリカ連合国の場合は『アメリカ合衆国憲法』を無視して成立したという点で、立憲主義の観点からの瑕疵は当然存在する。
やや逸れるが類似する例としてヷチカン市国が存在する。国連や中国はヷチカン市国を国家承認してはいないが、主権実体(自主団体)としては承認している。そもそもヷチカン自体が国家を名乗る前から主権実体として認められていた。
またクリミア自治共和国がウクライナからの独立を宣言したのも、クリミア自治共和国という普遍我の独立であるから、正統性があると言える。しかも、アメリカ連合国の場合は『アメリカ合衆国憲法』を無視した訳であるが、クリミア自治共和国の場合は肝心のウクライナの政府がクーデターで倒れた隙を衝いて独立した訳である。
連邦政府に立憲的正統性が失われた場合に、連邦構成国が独立を宣言するのは、当然の権利として認めないと、クーデターで出来た政権が少数民族の自治権を剥奪しても「内政問題」ということになってしまう。だからクリミア独立宣言自体は、法的には正統性がある行為であった。
(その後のロシアによるウクライナ東部併合は全くの別問題である。)
ちなみに台湾問題は単なる「分断国家」ではなく「占領政権」と「独立運動」の問題も関わっているのであるが、ここでは割愛する。
ここでようやく北キプロスの話となるが、これは一見、キプロスを巡る「分断国家」の問題のようである。
だが、日本政府は北キプロスをトルコ占領地として扱っており、「占領政権」の問題と見做している訳である。
しかし、私はこれを「独立運動」としてとらえている。
ギリシャ系住民が不法にも(海外の軍事政権の支援を得て)クーデターでキプロス共和国の正統な政府を倒した結果、キプロス共和国に住み元から一定の自治権を認められていたトルコ民族が独立して新たに国を建国したのである。
北キプロス自身はキプロス島全ての支配権を認めている訳ではなく、北キプロスの独立を求めているだけであるから、これは分断国家の問題と同一視できない。
しかも、北キプロスはあくまでもキプロス共和国政府に立憲的正統性が無くなったからこそ独立したのであり、マジョリティの民族が憲法を無視して実力行使に出た時にマイノリティが独立権を行使して対抗することを認めずして、立憲主義に何の意味があろうか。
我が国に置き換えてみればよい。
もしも我が国で海外の軍事政権の支援を受けたグループがクーデターを起こした場合、そのクーデター政府に代わる新しい政府を構築することが否定されたら、結局「クーデターを起こしたもの勝ち」となってしまい、立憲主義は崩壊するであろう。
北キプロス国家承認とは、立憲主義を守ることでもあるのである。
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