「わたしの渡世日記 下」

さて、下巻読了。

上下巻とも、もう初版は50年近くも前だが、充分、読み応えがあった。

戦後を、一流の映画女優として歩み始めたデコちゃん、何事に対しても、素直にあっけらかんと、飾ることなく、ユーモアを交えた自嘲気味の文章で綴っているのは、読んでて気持ちが良かった。

下巻では、デコちゃんが演技哲学の一編を披露している。
「人間になるには、俳優になるには、“ものの心”を“人間の心”を知る努力をする以外にはないと思う。もっと簡単に言うならば“人の痛さが分かる人間”とでもいおうか」
「俳優とは、最も本当らしい嘘をなりわいとする人間。が、モノマネの位を極め、真実に近ければ近いほどよいか、といえばそうもいかない。私の目標は、優れた俳優の立派な演技の模倣ではなくて、ニュース映画に写し出される様々な人間の表情であり、動きであった。しかし、自然な姿があくまで美しく迫力に満ちているかといえばそうばかりとは言えないところもある」。

やはり節々に出てくる養母、平山志げとの、徐々に大きくなっていく生々しい不和の場面が胸を打つ。

「私を見据える母の目は、娘を見るそれではなく、ただ女を憎む女の目だった…」。血の繋がった真実の親子でも、生涯、波長の合わない親と子もあると思うが、コレは凄まじいね。

養母にとって、すでに離れてしまったデコちゃんとの関係を保つ唯一のモノは金しかなかったのだ。事あるごとにエゲツないほどに金をせびってくる。しかし、デコちゃんも、養母との縁を切るではなく、自分が松山善三と結婚する時に全財産がたったの6万円しかなかったほどに、金をあげて、建てた家まで養母名義として譲っている。幼い頃の養母への想いからだろうか。

木下恵介監督の映画じゃないが、女の持つ無知、打算、弱さ、逞しさ、貪婪さを母と娘はぶつけ合ったに違いない。夫が言う。「可哀想に、君は人間として、言葉は悪いが、片輪なんだな」。

敗戦後6年、いろいろと疲れたデコちゃんは、女優の仕事も一時中断して、「普通の人間の生活を経験する」として、1年余り、安アパートを借りて、パリとアメリカへ赴いている。

昭和の女優・高峰秀子(2010年12月28日、肺がんで86歳没)の一代記、面白くて興味深い自叙伝だった。


脳出血により右片麻痺の二級身体障害者となりました。なんでも書きます。よろしくお願いします。