「永すぎた春」
再読。
法学部の大学生と、学校の側にある古本屋の娘が親の許しを得て1月に婚約、JanuaryからDecemberまでの12ヶ月の章に分けて、2人の間に起こる様々な出来事と危機を描く。
特別、死の匂いもしない軽快な大衆向けの娯楽作品。
ウィットに富んだ健康な作品ではあるが、「幸福というものは、どうしてこんなに不安なのだろう!」から始まる一連の問題を絡めた男女の描き方は、どこか人工的で、自分でも信じていないものを真面目に信じる程で書いたように感じさせるのは、さすがは三島だと思う。
大学生の彼が他の女と知り合って…「この娘(婚約者)はどうあっても、結婚まで大事にしておかなければならない。指一本触れてはならない。僕のやるべきことは、早くつた子の体を知った上で、一日も早く、百子(婚約者)のために、つた子を捨てることだ」。
危機に際して…「僕たちはあんまり公然と許されすぎている。僕たちは、わざわざ衆人環視の中で、恋愛を演じているみたいじゃないか」。
最後に…「だって僕たちは一年の婚約期間で、こういうことを勉強したんじゃないか。つまり二人だけの繭に入っているときよりも、他人のことを考えたり心配したりしているとき、一そう二人の間の愛情が深まるってことを。…それが他人をわれわれの愛情のために利用することになるだろうか?そもそも他人はみんな僕たちのために存り、僕たちは結局他人のために存るんじゃないだろうか?」
「そう云えばそうね。皆が等分に幸福になる解決なんて、お伽噺にしかないんですもの」。
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脳出血により右片麻痺の二級身体障害者となりました。なんでも書きます。よろしくお願いします。