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【亡霊殲滅伝奇譚 -ゲシュペンスト-】 第6話

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「……華は散り際こそが美しい」

 冷え冷えとそびえる鉄骨の楼閣ろうかく。半年のうちには竣成が約束されている建設途中の高層ビル二九階――地上一○六メートル地点。未だその上に十数階を重ねる予定のその場所で、建築用クレーンが月光に照らされていた。浮き上がるは、無機物の鈍色の影。

 ――ざわり。

 そんな影の中で闇が蠢いた。音もなく現れたのは暗闇の人影である。それは蝋燭の火のごとく揺れて、鉄骨切り断つ端に直立する。暗闇の人影が見下ろす眼下に広がるは、流星群のごとき大都市の灯火ともしび。高速道を疾駆する車のテールランプが赤く咲いては、消える。

「散る華が美しいのは、そこに咲く華があったからゆえであろう」

 種子が大地に落ちて芽吹き、葉茎を伸ばして蕾を得る。蕾は華開き、花弁を覗かせる。
 それは次世代へと種子を残すための営みである。ゆえに、散り際が美しいのは、それまでに費やされた時が滅びを迎えるからこそなのだろう。

「けれど、それは果たして滅びだろうか?」

 暗闇の人影は思う。華は次世代へと種子を紡ぎ、生を繋いでいく。そして、散り死ぬ。撒かれた新たな種子は、咲かせる華の姿形を前世代とは僅かに変えて、それでも華として生を続けてゆく。

「前世代と次世代、そこにどれだけの違いがある?」

 次世代に咲き乱れる華は、前世代とはまったく異なるものなのだろうか。
 同じ細胞、同じ遺伝子。そうした形質を受け継いだ個は、前世代の個とある意味で同一のものと見なすことができるのではないだろうか。
 個としての滅びの境界。それは極めて曖昧なものではなかろうか。
 人も同じである。連綿と紡がれた人類の歴史の中で、人は種として存続している。では、いったい誰が、どのように、自身を自身固有の生であると断じることができようか。

 もし仮に――
 人が散り消え去った後、それでも人として残る物たち……。そんなものがあれば……。
 死に滅びた後に残る故人の意思や願いすらも、人と呼べるのではないだろうか。

 妄執は――
      怨嗟は――
           亡霊は――

 人と呼べるのではないだろうか。

「――私は、それを見極めよう」

 暗闇の人影はそう呟くと、月光瞬く夜空にその身を投じた。
「彼には土壌(からだ)を与えた。けれど、正しく芽吹かなかった。ただそれだけのこと」

 そう小さく零れた言葉はつんざく風音に攫われ、誰の耳にも届くことはない。ただ重力に引かれ、月光届かぬ昏い深淵の海へと落ち沈んでいった。

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