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余白を愛すること

現在、金曜日の朝10時30分。予定に隙間がないほど慌ただしい日々を過ごしているうちに、最後の更新から12日も経過していることに今気づいた。読者のみなさま、お久しぶりです。

高校を卒業してから約1週間が経過し、以前と比べて1日という長い時間を自由に使えるようになった。最近は高校時代からこっそり行っていたバイトのシフトも少しずつ増やし、ずっと溜め込んでいた自動車学校の技能教習にも再び通い始めた。

中国語の授業も受けて、もうすぐ引っ越してしまう大好きな友達にも会って。一見非常に充実した日々を送っているように思えるが、隙間のない毎日が何だかすごく息苦しくて、流れゆく時間がこれ以上進まないでくれとさえも思ってしまう。

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多忙な日々は、時間の体感速度を上げていく。最近読み終わった、ストア派哲学者セネカの著書でも『人生そのものが短いと考えること自体が間違いで、時間の使い方次第で短く感じることがある。だから時間の無駄使いはやめて有効に使おうね。』という内容が書かれていた。

人間はいつの時代に生きようが、大抵同じ悩みを抱えている。古代哲学の本を読んでみたいという好奇心から偶然手に取ったセネカさんの本は、そんな今の自分にぴったりだった。

さらに、セネカさんは多忙な人に対して『時間は他人のために使うよりも自分のために使うべき。多忙に追われている人たちは、最良の日は真っ先に逃げていく。』『多忙な人たちは現在という地点だけを懸命に生きているから、過去を振り返って進むことはできないよ。』とも言っている。

要するにセネカさんは、無駄なことで時間を浪費するのではなく、自分が本当にやるべきことに時間を費やすことで人生を長く生きよう、と考えているのではないだろうか。私は哲学のプロではないのでこれ以上語るつもりはないが、2000年以上も前に書かれた本から大切なことを教わった。

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私はスケジュール帳が真っ黒になるまで予定を入れて、無理やり充実感を得ようとしてしまうことがある。その結果、最終的には自分で自分の心を苦しめてしまう。今まさにその状態で、同時進行で進めている大学の試験もかなり難航しており、来る日も来る日も英語と中国語のエッセイや関連書類の作成に追われている。

そんな日々を送る私は、まさに現在という地点だけを必死に生きている。そのため、気づいたら時間が過ぎ去り、今月も残すところあと数日になってしまった。

あと1ヶ月はこのような日々が続くことが確定しているため、まずは自分を追い込みすぎないようにほどよく力を抜いて前に進む。そして、日常に意識的な余白を作るようにして、適度に肩の力を抜くようにしたい。

例えば、私は今年の最初に『月に3冊以上の本を読む』という目標を設定した。読書は落ち着いた感覚を取り戻す良いきっかけであり、多忙な日々の中に生み出すことができる余白だろう。

大事なのは慌てずに落ち着くこと。真っ黒なスケジュール帳ではなく、真っ白な空白を含んだ日常。日本での残り少ない日々を着実に進むためにも、そんな余白を大切に過ごしたい。では、今日はここまで。みなさまも明日から素敵な週末をお過ごしください。

※今回記事の中で取り上げ、要約した本
セネカ/人生の短さについて

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