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風呂に入るのか入らんのか

 私はソファーに座っている。娘に「いいかげんお風呂入りぃな」と言いたい。我慢する。さっき「そろそろお風呂入ったら?」といったのは何分前だったか。気を紛らわせるためにスマホを触る。もし今声をかけたら「うっせぇババア、黙ってろ」と言われるのは目に見えている。小学校3年生の娘は、テーブルで粘土を型取りながら、3歳の弟にあれこれご指導中。まだ機嫌よく二人でやり取りしている間は黙っておこう。私はもう一度、スマホに目を戻す。
 どうして、なんで、娘は強い言葉で私を非難するのだろうか。キレる言葉の反抗期は、もう少し後にくるものだと思ってた。こんなの聞いてない。私の子育てが悪いんだろうか、声かけが良くないのかもと何度も反芻してきた。子との関わりではなく夫婦仲のせいでストレスをかけているとも思った。娘に発達上の特性に対応できていないのかもしれないとも思った。多分それなりに出来ることはやった。インターネットやSNSでのママの話から、本やら、YouTubeやら。娘に発達の試験を受けさせてみたり、特にコミュニケーション術的な話は片っ端から試したと思う。でも、夫婦関係は良くならないし、娘のキレはエスカレートするし、徒労ばかりが募っていく。それでも頭でっかちな私はコミュニケーション術のイロハに則って、「相手を主語にせず、自分を主語にしたアイメッセージで伝える」やら、「癇癪を起こしたら、こちらまで感情的にならず少し時間を置く」を続けている。
 本当は、私がキレたい。いや違うキレたくはない。私を傷つけたくない。キレられる度、私は内心動揺している。「お前なんか出て行け!!」「死ね!」「帰ってくんな!!」愛らしい小学校3年生が、眉間にすごい皺を寄せ口を捻らせ大声で怒鳴る。その様子に私は傷つく。私はそんなに悪いことをしたんだろうか。夫が追い討ちをかけるように大きなため息をつく。
 子どものように泣きたい。その場で。話を聞いてもらおうと思えば聞いてもらえる場所はある。両親もいる。友人もいる。プロにも聞いてもらえる。聞いて受け止めてもらえる時、泣くことができる。でも私はその場で泣きたい慰めてほしい。あなたは悪くないよって言って欲しい。
 あれから20分くらいだろうか。娘は風呂場に近づき服を脱ぐかと思ったらまたリビングに戻ってきて、さっき書いたメモを眺めてみたり、お菓子を物色しに行ったり。ああ、ようやく行った、と思ったら遊ぶためのガーゼを取りにびしょ濡れで出てきた。
 放っておくこともできない。というか、放っておくことも許されない。気にしないように勝手にしていると、それはそれで罵倒が飛んできたりする。夫に言わせれば、一番苦しいのは娘だと。私は苦しいことが許されない、多分それが私の一番苦しいこと。

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