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DINKsという生き方(『編集者・石川知実の静かな生活』)

「石川さん、ごめんなさい。子供が熱を出しちゃって……」
 あたしのデスクまでやってきた西田さんは遠慮がちに言った。
「これから学校に迎えに行って、家に連れて帰らないといけないの。仕事は在宅で続けるから……ほんとごめんなさい」
「なに言ってるの。気にしないで早く行ってあげなさい」
 あたしがそう言うと、西田さんは頭を下げ、すぐに帰り支度を始めた。
 今年の春にコロナの規制がすべて解除され、世の中は以前の生活を取り戻したかのようにあわただしく動き出した。それでもこの世界からウイルスがなくなったわけではなく、今夏は感染者も増えているようだ。つい先日も、同じ会社の別の部署で何人かがいっせいに陽性になったと聞いた。学校でも学級閉鎖が相次いだりしているようだ。去年みたいに毎日、感染者数が報告されるということがなくなったので、ウイルスのことが目に見えにくくなっただけのことだ、とあたしは思う。
 あたしが勤めるこの「アートライフ」編集部も、コロナが始まった年は冬までフル・リモートワークだった。でもやはり雑誌を作るには取材に出かけたり、編集部内で煮詰めたりすることが不可欠で、年が明けた春からは基本、全員出社となった。それでも会社全体としてリモートワークの制度は残っているので、上司の許可があれば割と簡単に在宅勤務ができるようになっている。
 とはいえ、出勤しての勤務とリモートの勤務とでは、やはり仕事量の負担が違う。編集部にいると、かかってきた電話の対応をしたり、会社の庶務課や経理課との事務的なやり取りがあったりと、細々とした仕事もこなさなければならない。
 今日も西田さんが帰ってしまうことに、ちょっとだけマイナスの感情を抱いてしまったが、それをあわてて頭の中で打ち消して、少し自己嫌悪におちいってしまった。子供のいないあたしのような人間こそが、子育て中の人たちをサポートすべきだということを、頭では分かっているのだけど。

 DINKsという言葉がある。英語の「Double Income, No Kids(共稼ぎ、子なし)」というフレーズの頭文字を取って、日本語ではディンクスと発音するのだが、ニュアンス的にはあえて子供を作らずに、夫婦ともに仕事を持って人生を謳歌するというライフスタイルを指しているらしい。
 あたしたちはあえて子供を作らなかったのではなく、たまたま子供ができなかっただけなので、いわゆるDINKsではないのかもしれないが、二人で余裕ある生活を送っているという点では確かにそうだろう。あたしも仕事を休んだり辞めたりすることなく、今では自分の作りたい雑誌を作ることができているので、恵まれていることは間違いない。老後などに不安はないかと問われれば、ないわけではないが、今はほとんど意識していないのが正直なところである。

 気がつくともう一時半だ。あたしはパソコンをスリープモードにして、ハンドバックを手に席を立った。
「あれ、石川さん。今日はお弁当じゃないの?」
 居合わせた小早川さんがそう尋ねた。
「はい、昨日は取材先で夕ごはんを食べて帰って、冷蔵庫に何もなかったから、ひさしぶりに外食にしようかと」
「もし良かったらボクとご一緒しない?」
「良いですね!」
 小早川さんは光本さんの方に向いて言った。
「じゃあ、ちょっとボクたちは外で食べてくるから」
「……はい。ごゆっくりしてきてください」
 すでに持参した弁当でお昼を済ませていた光本さんは、おだやかな声で返事した。パートで来ているアシスタントで、年齢は二十代後半だが、落ち着いているので声だけ聞くともっと年上に感じる。身長は高く細身で、化粧っ気はほとんどないがかえって神秘的な透明感すら感じさせる。仕事は正確かつ速いので、小早川さんもあたしも西田さんも、彼女のことは大いに信頼している。
「じゃあ、チャントーヤに行こうか」
「良いですね、ちょうどスパイシーなものを食べたいと思っていました」
 編集部のあるビルは、住所こそ神保町だが最寄り駅は水道橋といっていい場所なのに対し、チャントーヤがあるのは小川町寄りなので歩くと十分くらいかかるが、ちょうど良い気分転換になりそうだ。

「少子化って、このまま進むと日本は大変なことになるんでしょうかねぇ……」
 あたしは特に前振りもなく、小早川さんに聞いた。
 小早川さんはちょっと思案したような素振りを見せたが、グラスの水を一口飲んでから言った。
「ああ、ついこの前も失言した政治家がいたよね」
「子供を産まない人は社会のお荷物、とか言った人ですよね。ほんとひどい話。今どき男性でもあんなこと言いませんよ」
 あたしはちょっと語気を強めて言った。小早川さんはうなずきつつ、言葉を継いだ。
「ボクが思うに、日本はもっと人口が減った方が良いんじゃないかな、って」
「えっ、それってどういうことですか?」
 小早川さんはちょっといたずらっ子のような表情を浮かべて、続けた。
「今は日本の人口って一億二千万くらいだよね。戦前くらいだと、一億総火の玉、なんて言葉もあったけど、朝鮮や台湾など合わせてのことなので、日本だけなら七千万くらいじゃないかな。江戸時代だとだいたい三千万くらいだったらしいから、それから考えると今の一億二千万は明らかに多すぎだと、ボクは思うよ」
 いきなり予想の斜め上の話題に展開したのであたしは面食らったが、これが小早川さんと話していて面白いところでもある。
 小早川さんは年齢は五十台前半らしいが、いつも立襟のシャツを着て、ネクタイを締めているのを見たことがないので、かなり若く見える。「アートライフ」の二代目の編集長として着任したのは今から四年前だが、それまでまったく編集の経験がなかったにも関わらず、この編集部をうまくマネジメントしてくれている。この雑誌も創刊から十年がたち、隔月刊というゆったりしたペースながら存続しているのだから、手前味噌ながら大したものである。
 聞いたところによると、小早川さんはもともとNHKのディレクターだったのだけど、突然辞めてイギリスに渡って家具職人の元に弟子入りし、その数年後には日本に戻って、しばらく地域おこしのNPOかコンサルか何かをやっていたらしい。そういう経歴からか、あたしたちが思いもつかないような発想の飛躍をすることができるようだ。
「少子化で人口が減ると、保険や年金の問題で一時的には大変かもしれないけど、長い目で見たらこの狭い日本列島には、今よりもうちょっと少なめの人口の方がサステイナブルじゃないかな」
 あたしは小早川さんのこの、よく言えば俯瞰的、そうじゃなければ浮世離れした物の見方に感心しつつ、自分自身の気持ちのもやもやも晴れたような気がした。

「縄文時代だと二十万人くらいしかいなかったそうだよ」
「えっ、それってどのくらいですか?」
「ボクが住んでる葛飾区が四十万人くらいだから、その半分くらい?」
「えー!でもそのくらい人が少ない方が、のびのびして良いですね」
 あたしたちは顔を見合わせて笑った。ちょうどココナッツミルクの甘い香りを漂わせた皿が、あたしたちのテーブルに運ばれてきた。


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