見出し画像

書を捨てストリップ劇場に行こう(『編集者・石川知実の静かな生活』)

 念願だったストリップ観劇を、ついに初体験してしまった。
 ストリップに興味を持ち始めたのはかれこれ一年ほど前である。それまではストリップというと、かなりいかがわしい風俗と思っていた。ところが最近は女性客も多く、また踊りの内容もやらしさだけではなく美しさや可愛らしさを追求したものが多いという話を聞くようになった。
 またひとつのきっかけは、親しくさせていただいている作家の梅田サクラコ先生の、ストリップをテーマにした小説『ステージライト』を読んだことである。サクラコ先生はストリップ観劇の常連らしく、くだんの小説も実在のストリッパー、愛川ジュリさんをモデルにして取材を重ねて執筆されたものだという。
 そしてもうひとつのきっかけは鈴木千沙子さんの存在を知ったことである。千沙子さんは現役の踊り子であるかたわら、処女作の小説『裸の叫び』が芥川賞の候補作にノミネートされたという異色の経歴の方である。辛くも受賞は逃したものの、今でも踊り子と作家の二足のわらじで活躍されているという。
 ある時、サクラコ先生から「パフェ食べに行くよ!」と電話でお誘いを受け、平日の昼間に銀座の資生堂パーラーでご一緒することがあった。あたしは新刊の感想を述べた後、先生に「鈴木千沙子さん、ご存知ですか?」と聞いてみた。
「もちろんよ。今の私のイチオシ!」
「やっぱり、そうなんですね」
「彼女の『裸の叫び』、どうだった?」
「……なんかとても生々しいというか、でも40歳を目前にストリップの世界に飛び込んでいく、というところに、なんか勇気付けられるものを感じました」
 千沙子さんの『裸の叫び』は、自身がストリップの世界で経験したことを元にした、私小説の形をとった小説である。もともと千沙子さんはデビューしてから自身の日々の経験をブログに書いていたのだが、その内容をまとめ、フィクションの小説にアレンジし直したのがこの小説なのだという。
「知実、彼女に興味があるなら、いちど一緒に彼女のステージを観に行かない?」
「えっ、いいんですか……でもあたしストリップってこれまで観たことないし……」
「ぜんぜん、平気だから! わかんないことがあったら全部私が教えてあげる」
 いつものことながらすぐにその場で予定が決まり、その週の金曜日の夜に先生と上野の劇場に行くこととなった。

 上野の劇場は、アメ横と通りをはさんだ向こう側の、飲み屋が多い一角にあった。あたしがこれまで足を踏み入れたことのない街だったが、サクラコ先生は慣れた様子でぐいぐい進んで行く。
 劇場は地下にあり、階段を降りる前にアルコールで手指の消毒をして不織布マスクを着けた。世間ではマスクを着ける場面もだいぶ減ったが、劇場はかなり狭いのでマスクを着けるきまりになっているとのことだ。
 階段を降りるとチケットの窓口があり、女性料金はなんと3,500円。入れ替えなしなので一度料金を払えばオープンからラストまで居ても良いとのことで、なんとおおらかな料金システムだろうか。
 この劇場では一日に四回の公演があり、五人の踊り子さんが順にステージに立って一巡して一公演、だいたい二時間半くらいとなるとのことだ。あたしたちが入場したのはちょうど二回目公演と三回目公演の間の幕間だったようで、運良くステージ近くの壁際の二席が空いたのでそこを確保出来た。
 劇場は驚くほど狭く、客席は二十人そこそこ入ると満席になってしまうくらいだ。ステージと客席の間もほんの少しの距離しかないので、あたしたちの席も膝のすぐ向こうがステージという感じだった。また、花道がぐっと前方に延びていて、それを囲うように客席が配置されている、ストリップ劇場独特のレイアウトも初めて見るものだった。
 あたしたちが席につくとすぐに三回目公演が始まった。オープニングのアナウンスの後、一瞬静寂となり緊張感が走る。次の瞬間、スポットライトが点灯してステージ上の踊り子さんを照らし出すとともに音楽が始まった。
 ステージの上の踊り子さんは、おそらく二十代の少しおぼこさが残る女性だった。ファーストフード店の店員のような衣装を着ているが、なぜか頭にはハンバーガーのかぶりものをかぶっていた。この彼女の、予想の斜め上の出で立ちに、あたしのストリップに対する先入見は一撃で打ち崩された。
 軽快な音楽に乗せて彼女は踊る。そして一曲目が終わった。あれ、脱がないの、とあたしは思った。ストリップといえばすぐに脱ぐものだと思っていたのだ。二曲目、三曲目と続き、それでも彼女は衣装を脱がなかったが、スカートからちらちらっと見える彼女の太ももが綺麗だと思った。
 そして四曲目。音楽は少しムーディーなものに変わり、ここで始めて彼女は上着を脱いだ。張りのある乳房と、ツンと上向きに尖った乳首があらわになった。そしてスカートも脱ぎ、踊りもより大胆なものへと変化した。
 さらに曲が変わり、彼女は花道の先端で様々なポーズを決めた。そのたびに客席から拍手が湧き起こる。サクラコ先生も手を叩いているので、あたしもならって手を叩いた。そして曲が終わるとともに照明が消えて舞台が暗転し、彼女の二十分足らずのステージが終わった。
 その後、照明が明るくなり、しばらくすると先ほどの彼女が再びステージに現れた。サクラコ先生の解説によると、ここからは「ポラタイム」という時間で、お客さんが踊り子さんの写真を一枚500円で撮影出来るのだという。以前はポラロイドカメラを用いていたのだが、最近はデジカメかチェキでの撮影が一般的で、上野の劇場はデジカメだった。デジカメで撮影した写真は、後で窓口でプリントアウトしたのを受け取るか、次の回の公演で踊り子さんから直接受け取るか選べるのだという。踊り子さんから直接受け取る場合、サインを入れてもらうことも出来るのだという。
 彼女の前には早くもお客さんの列が出来ていた。そしてお客さんたちはそれぞれ順番にデジカメで彼女を撮影し、その際にひとことふたこと会話を交わしていた。なるほど、これは写真を撮るのもひとつの目的だが、お客さんが踊り子さんと直接触れ合える場でもあるのだな……と納得した。
 10分ほどでポラタイムは終了し、彼女はいったんステージ袖に引っ込んだ。再び照明が消え、音楽が始まるとともにスポットライトが彼女の姿を照らした。「オープンショー」の始まりである。
 ここから彼女はステージの周りのお客さんの方をそれぞれ向いて、脚を広げる大胆なポージングを連続して決めていった。そんな彼女にチップを渡すお客さんもいた。1分そこそこでオープンショーは終わり、彼女は袖にはけて舞台は再び暗転した。

「次は鈴木千沙子嬢のステージです。ステージ登場の際は盛大な拍手でお迎えください」
 アナウンスが入り、一瞬静寂が流れた後、ステージが全灯となって音楽が始まった。いつの間にいたのか、彼女はすでにステージの中央にたたずんでいた。
 本物の鈴木千沙子さんだった。
 彼女は天女のような薄衣の衣装を身にまとっていた。そして一曲目からその衣装を脱ぎ、その小柄で華奢だが、大理石のように引き締まって滑らかな柔肌があらわになった。
 演目は羽衣伝説を元にしたもののようで、千沙子さんが演じる天女は、羽衣を失って天に帰ることが出来なくなり、漁師の妻となる。その時の彼女は木綿の絣の着物を着て、ほうきを片手に踊った。笑顔がとても素敵だ。ところが行李の中に隠されていた羽衣を見つけると、絣の着物を脱ぎ捨て、羽衣をまとい、ポージングを決めながら優雅に舞った。そして最後にステージの中央で水鳥のようなポージングを取ると、彼女のシルエットが逆光の照明に浮かび上がり、続いて舞台が暗転して、彼女の姿も暗闇に消えて行った。
 あたしは千沙子さんのシアトリカルな舞台にしばし見惚れていたが、照明が明るくなったところでサクラコ先生が「行くわよ」と声をかけたので、あわてて立ち上がった。
 ポラタイムの列に、あたしたちは一番前に並ぶことが出来た。千沙子さんが再びステージに現れると、あたしたちに笑顔を向けた。
「千沙、今日もがんばってるね!」
「サクラコ先生、今日も観にきていただきありがとうございます」
「こっちが今日連れて来た知実ね」
「千沙子さん、はじめまして。石川知実といいます」
「ともちゃん、今日は楽しんでいってねー!」
 千沙子さんはフランクな雰囲気であたしにそう応えた。舞台の上の雰囲気とはちょっと違って、彼女の口調は思ったよりもゆっくりと落ち着いた感じだった。そして初対面にも関わらずあたしのことを「ともちゃん」と呼んでくれたことに、驚くとともに一気に彼女の間合いに引き寄せられた気がした。
「せっかくなので、スリーショット撮らない?」
 そう言うとサクラコ先生はデジカメを、あたしたちの後ろに並んでいた男性のお客さんに手渡した。そのお客さんは常連っぽい人で、迷うことなく「OK!」と言ってカメラを構えた。千沙子さんを真ん中に、あたしとサクラコ先生が両脇に並んだ写真を二枚、撮ってもらった。
 ポラタイムが終わった後は千沙子さんのオープンショーである。サクラコ先生は千円札を縦に折ったものをチップとして千沙子さんに渡した。千沙子さんは笑顔で受け取り、最後は客席に向かって大きくお辞儀をしてステージ袖に戻っていった。
 この後は三人の踊り子さんのステージが続いた。三人目の踊り子さんはエアリアルという、大きなフラフープを天井から吊るして、それに乗って回転しながらの演技を見せた。あたしはエアリアルを見たのは初めてで、シルク・ド・ソレイユの公演を思い出した。四人目の踊り子さんは和服を着て、日舞を元にした優雅な踊りを見せてくれた。五人目のトリを飾る踊り子さんはアイドル的な衣装に身を包み、そのふんわりした印象からは意外なほどのキレキレの踊りを見せた。彼女が今回の公演の一番人気のようで、ポラタイムにはお客さんの長い列が出来た。
 五人目の踊り子さんのステージが終わった後、踊り子さん全員の集合写真が撮れる合同ポラロイドの時間があり、最後に踊り子さん全員がステージ上からお辞儀をするフィナーレがあって、三回目公演が終了した。
 この日は進行が押し気味だったこともあり、幕間の時間はほとんどなしで四回目公演が始まった。一人目は先ほどのハンバーガーの踊り子さんで、今回は魔法使いの山高帽のような帽子をかぶっての登場だった。
 そして二人目は再び千沙子さんの出番である。今回は和服に割烹着で登場し、ステージには暖簾がかけられているので、小料理屋のシチュエーションのようである。千沙子さんの笑顔がまぶしい。曲が進むにつれて、割烹着と和服を脱ぎ、さらに襦袢も脱いで、最後は脚をピンと伸ばしてポージングを決める彼女の姿に、あたしはすっかり見入ってしまった。
 一転、会場はポラタイムとなり、あたしとサクラコ先生は先ほどのデジカメ写真を受け取りに行った。写真にはサインとともに、裏には手書きのメッセージがあり、
「ともちゃん、今日は来てくれてありがとう! 天女になりきったつもりの千沙子でした」
と書いてあった。
 オープンショーとなり、今度はあたしも千円札を縦に折って、千沙子さんが自分の前に来た時に、それを差し出した。千沙子さんはおっぱいを手で寄せて、谷間で千円札をはさんで受け取った。そして満場の拍手とともにステージは暗転した。

 ここであたしとサクラコ先生は劇場を失礼することとなった。この後、近くのシードルが飲めるバーで千沙子さんと落ち合うためである。
「どうだった、ストリップ初体験?」
「はい、すごく綺麗でした。踊り子さんの衣装も、メイクも」
 サクラコ先生に先導されて上野の夜の街をしばし歩いた。じきに目的地に着いたようだが、先生は怪訝な表情をしている。
「あら、しまったわ……今日、臨時休業だって」
 見ると店のドアには貼り紙が貼られていた。
 サクラコ先生はスマホを取り出し、千沙子さんにLINEのメッセージを送ったようだった。しばらくすると返信があったようで、
「作戦変更。イタリアンに行こうか、ということになったわ」
と先生は告げた。
 ちょっとその場で待っていると、向こうから二人の女性が近付いてくるのが見えた。一人は千沙子さん、そしてもう一人はハンバーガーの踊り子さんだった。
「先生、お待たせしました! そしておまけも付いて来ました」
「市川ひなのです。勝手に付いて来てスミマセン!」
 ひなのさんはシードルを飲みに行くと聞いて付いて来たそうである。あいにく目論見ははずれたが、気にする風もないようである。
 あたしたち四人は、千沙子さんが行きつけというイタリアンに入った。そして皆でサングリアを注文して乾杯した。

「踊り子さんたちがみんな生き生きしていて、あたしも元気をもらいました」
 あたしは今日の感想を語った。
「すごいなって思ったのは、踊り子さんの衣装がみんな綺麗だな……って」
「みんな衣装には命かけてるよね」
「アタシなんか、好きな衣装を着たいから踊り子やってるようなもんやからね」
 ひなのさんは、大学は美大で、その時にストリップを観てすっかり魅了されてしまい、卒業してすぐにこの世界に飛び込んだのだという。ステージ衣装も全部、自作なのだそうだ。でもこだわりが強すぎて、材料費だけでギャラが飛んでしまいそうになることもあるのだという。
「千沙子さんとひなのさんは仲いいんですね」
「けっこう一緒に乗ることが多いし、熱海なんかだと二人だけやったもんね」
「ひなの姐さんとは、一緒に初島に行って伊勢海老食べたよね」
「ああ、あれめっちゃ美味しかった!」
「熱海は美味しいものばかりだもんね」
「あと千沙子ちゃん、一人で伊豆まで行ってわさび丼とか食べに行ったりもしてたよね」
「うん、あれは遠かったなぁ」
 熱海の劇場だと出演する踊り子さんは一人か二人で、しかも開演は夜からなので、昼間は自由時間となるそうだ。時には一緒に遊びに出かけたり、時には別々なことをしたりしつつ、10日間を共に過ごすので「同じ釜の飯を食った」ような感じになるのだという。
 それにしても、千沙子さんとひなのさんは年齢は10以上離れているはずだが、この業界は一日でも早く入った方が「姐さん」になるので、「ひなの姐さん」「千沙子ちゃん」と呼び合うのも何だか可愛らしくて面白い。
「千沙子さんは本当に楽しそうに踊っていましたよね」
「うん、今はこれが私の生きる道って感じがするんだけど、でも私はもともとネガティブな人なんで、どうせストリップは小説書くためのネタなんでしょ、とかネットに書かれたりすると落ち込んじゃったりもするけど、でもやっぱりお客さんの応援をもらうと元気になるので、続けていけるんだと思う」
「アタシたちの方がお客さんから元気もらってるってところもあるわね。でも中にはセクハラみたいなこと言ってくるのとか、ヘタクソ、やめてまえとか言ってくるジジイとかもいて、我慢できずアタシも戦ったりするんやけど、毎日客席から元気ももらいながら戦って、日々真剣勝負、って感じやね」
 千沙子さんとひなのさんの話を聞きながらあたしは、お客さんは踊り子さんから元気をもらって、踊り子さんもお客さんから元気をもらって、ストリップ劇場の中ではすごい化学反応が起こっているのだなと思った。
「私はストリップを観ると、自分の中の元気が沸き上がってくる感じかな。踊りが、私の中の野生をかき立ててくれるのよね」
「あっ、その感じ、分かります」
「私もうすぐ60だけど、自分が今からでもステージに立ちたいという思いになったりするもんね!」
 サクラコ先生は笑いながらワインをごくごくと飲み干した。
 
 こうして女子四人によるストリップ談義はまだまだ続いていくのだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?