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春巻作り(『編集者・石川知実の静かな生活』)

 今日のような雨の休日は、春巻を作るに限る、とあたしは思う。
 低気圧が近づいているせいか、頭は重いし、出かける気にもならない。こういう家にいるしかない時こそ、普段作るには面倒くさい料理に集中してかかることができる。
 そこで今日は春巻を作ることにした。中華風ではなく、ベトナム風のチャージョーという揚げ春巻だ。中華風と違う点は、皮に小麦粉を使うのではなくライスペーパーを使うのと、たっぷりのハーブと一緒に食べることである。
 ベトナムの春巻というと生春巻が有名だが、あれは南部のホー・チ・ミン・シティー(サイゴン)の方の料理らしく、北部のハノイではもっぱら揚げ春巻がメジャーなのだそうだ。あたしは大学の卒業旅行で、ゼミの仲間と東南アジア巡りをしたのだが、その時に食べたハノイの揚げ春巻が印象的で、それ以来あたしの中でベトナムの春巻といえば揚げ春巻のことなのだ。

 わが家での家事の分担はその時々の状況によって変わってきた。結婚したばかりの七年前は、健太はまだ非常勤だったので比較的自由な時間が多く、もっぱら彼が食事を作っていた。彼は大学生で一人暮らしをしていた頃から自炊をしていたそうなので、料理も積極的で、けっこう変わったものも作ってくれた。でもそれから一年ほどして彼が今の大学に講師として採用されてからは、食事当番はあたしと彼で半々くらいになった。
 三年前にコロナ禍となって、あたしの職場がフル・リモートになり、彼の大学も授業や会議がすべてオンラインになってからは、二人ともずっと家にいるので、おたがいけっこう凝った料理を作るようになった。コロナ禍二年目は、あたしはこれまで通りの通勤生活に戻り、彼の大学は依然としてオンラインが続いたので、食事はまた彼に任せるようになった。それでもあたしもけっこう料理が好きなので、土日は率先して作ることにした。

 ベトナム風揚げ春巻は、なかなか手間のかかる料理である。まず準備として、干し椎茸と春雨を戻しておかなければならない。干し椎茸は時間がない時はお湯でさっとやってしまうのだが、今回もお湯を使った。また春雨は長いまんまではなく、細かく刻んでおいた方が具に馴染みやすいので、もうひと手間かける。
 次に玉ねぎを粗く刻み、にんじんを細切りにする。にんじんも細かければ細かい方が火が通りやすいので、スライサーは使わずに包丁で丁寧に刻んでいく。
 さらにえびの準備だ。えびは殻と脚と尻尾を取り、背腸を取って、最後は包丁で粗く刻む。これがけっこう手間な過程で、やっているうちに手が痒くなり、生臭くなってしまうが、ここは我慢である。
 具材にはあと豚のひき肉を使うが、これはパックから出してそのまま使えるので楽である。
 これらの具材をボウルに入れ、さらに卵黄を一個分と、砂糖、塩、胡椒を適当に入れて、手でしっかり混ぜ合わせる。粘り気がしっかり出たところで、ひとまず春巻のタネの出来上がりである。
 そしていよいよライスペーパーでタネを包んでいく。スーパーのエスニック・コーナーで売っているライスペーパーは、もっぱら生春巻用のもので、揚げ春巻を作るには大きすぎる。あたしはそれを料理用はさみでまずきれいに三等分にしておき、それを水に軽く浸して柔らかく戻し、そこにタネを取って親指大ほどの大きさに包んでいくのである。いつもはだいたいライスペーパー八枚分、つまり二十四個の春巻を包んでいくのだが、これがひたすら繰り返しの作業なのである。でもこれをやっていると没頭できるので、あたしはこの作業が好きだ。
 ひたすら春巻を包み、それをまな板の上に整然と並べていく。まさに忘我の境地である。やっているうちに脳内麻薬が出て、気持ちが鎮静化していくようだ。そういえば、同じようなことをある工芸作家も言っていたことを思い出した。

 その作家の元に取材に行ったのは数年前のことである。彼は染織作家で、木のブロックに彫られた文様を、生地の上にスタンプのように連続して押していくという、木版刷りと呼ばれる技法を特色としていた。なんでも、その技法は江戸時代まで遡ることができ、さらにその技法は元ははるかインドからもたらされたものであるという。木版の文様は幾何学的なものが多く、それを連続して押していくことで反復パターンが生み出され、伝統工芸の中でもとりわけモダンなデザインとなる。
 あたしが彼のアトリエにおじゃました時は、ちょうど彼は木版を押すための「見当」を付けているところだった。「見当」とは下書き線のようなもので、その線に合わせて木版を押していくのだそう。ただ、この下書きの線が不正確だと、文様のパターンがずれてきてすべてが台無しになるので、気が抜けない工程なのだという。
 彼は長い定規を生地に当て、面相筆で正確に下書き線を割り付けていった。その動きは機械のように無駄がなかった。
 その工程が終わった後、彼は作業を中断して休憩に入った。その時彼は先ほどの作業を振り返って言った。
「あの作業が一番地味で、一番気を使うんやけど、私はあれをやっている時が一番作業に没頭できて楽しいんですわ。でもあれはあくまで下書きやさかい、作品には残りません」
 そう言って、彼は「見当」を付けるのに用いていた面相筆と絵の具皿を持ってきた。
「私が使うてるのは、青花という染料です。これはもともとツユクサの花びらを絞った汁で、それを和紙に染み込ませて乾かして保存しています。きれいな色してますけど、水溶性なので水で洗うとあとかたもなくなります。そやから下書きに都合がいいんですわ。もともとは京都の友禅染をやってる人たちが下絵を描くのに使ってたものなんですけど、私はこれは木版刷りにも使えると思て、使い始めたんですわ」
 そう言うと彼は、藍色の紙を取り出し、その端の一センチ角ほどをはさみで切り出した。それを絵の具皿に置き、スポイトで数滴、水を垂らすと、紙から色鮮やかな青色の染料が溶け出してきた。
 あたしはその青花の色にしばし見とれていた。そしてこの青で描かれた下書きの線が、最後には残らないということに、そこはかとない儚さを感じていた。

 包み終えた春巻を、今度は油で揚げていく番だ。まずは低温でじっくり揚げて、中までしっかり火を通す。そしていったん引き上げた後、油の温度を上げて、二度揚げをする。するとライスペーパーがパリパリになるのだ。
 出来上がった春巻を大皿に入れてテーブルにどん、と置いた。その隣には、サニーレタス、ミント、大葉、香菜を入れたもうひとつの大皿を置いた。このハーブと一緒に食べるのである。そしてあたしと健太の箸置きの横には、ニョクチャムを入れた小皿を置いた。ニョクチャムは、ニョクマム(魚醤)と砂糖、レモン汁、にんにくのみじん切り、チリペッパーを混ぜたものを少し水で薄めたつけ汁である。
 食卓の準備が整ったので、あたしはグラスを用意し、健太は冷蔵庫で冷やしていたスパークリングワインを開けた。ポン、と景気の良い音がした。それほど高いものではなく、スーパーで二千円くらいで売っていたものであるが、これがあるだけで食卓が華やいだ雰囲気になるような気がする。
 春巻は二十四本揚げたので、ひとりあたり十二本の計算である。今日の料理はこれだけだが、一緒に食べるハーブとの組み合わせで味の変化も楽しめるので、あっという間に平らげてしまった。
「作るのはあれだけ手間なのに、食べる時はあっという間なのよね」
 あたしが言うと、健太は特に何か言葉を返すわけでもなく、ただニコニコした顔を向けてくれた。あたしもその様子を見て満足した。
 形には残らないけど大切なものは、きっとたくさんあるのだ。


 



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