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【番外編】魔法使いさんと僧侶さんの物語

 リムルダールの宿屋の一階にあるバーで、私は一人でウイスキーを傾けていた。そこに僧侶さんが二階から降りてきて、私に声をかけた。
「魔法使いさん、眠れないのですか……?」
 私は振り返ると、こう答えた。
「……うん、今日のことが気になってね……」
 私が言っているのは、その日のモンスターとの戦闘のことであった。ダースリカントの群れと遭遇した私たち一行は、敵味方入り乱れてのバトルロイヤルとなった。私は得意の火炎系呪文であるメラゾーマで、敵を一匹一匹、確実に屠っていった。しかし敵の数を読み違えて、そのうち一匹を撃ち漏らしてしまった。メラゾーマは一撃必殺の強力な呪文であるが、連射をすることができない。隙を突いたそのダースリカントは、私に痛恨の一撃を与えた。次の一撃を受ければもはや命はないと、私は覚悟した。
 その時、離れたところで敵と対峙していた賢者さんが事態に気付き、バギクロスの呪文で遠距離から援護した。賢者さんから放たれた真空の刃がダースリカントを襲い、深手を負わせた。その隙を突いて今度は私がメラゾーマの火の玉で、ダースリカントにとどめをさした。
 私も深刻なダメージを受けたが、すかさず僧侶さんがベホマの呪文を唱えたので、一瞬のうちにその傷は癒えた。その後、勇者さまの剣によってダースリカントの残党はことごとく倒され、私たちは勝利をおさめることができた。

「お酒、付き合ってもいいですか?」
 僧侶さんが隣に来て言ったので、
「ええ、もちろん。ありがとう」
と私も応じた。僧侶さんはワインを一杯、注文した。
「今のは、私のおごりでいいからね」
「ありがとうございます」
 二人はそれぞれのグラスを軽く持ち上げて乾杯した。
「これまで私は、賢者さんにつらく当たってばかりだったけど、最近は彼女に助けられてばかりなのよね」
 私はしんみりと言った。
 確かにここ最近の賢者さんの成長は著しいものがあった。これまでは勇者さまと私が攻撃の役を担い、僧侶さんがバックアップをつとめるというのがパーティーの戦術であったが、魔法使いと僧侶の両方の呪文を習得していく賢者さんは、攻撃にも防御にも臨機応変に対応し、今やこのパーティーの要としてなくてはならない存在に成長してきていた。
「勇者さまも、今では賢者さんのことをとても頼りにしているし、それに引き替え私は何か頼りないというか、情けないというか……私、勇者さまの信頼を失ったりしないか、不安になっちゃって……」
「勇者どのは、そんなことで人を評価する方ではありませんよ」
 僧侶さんは、真顔で私に向き合って言った。
「……そうね、ありがとう」
 私はそう言って笑顔を作ってみせた。
 僧侶さんは私たち他の三人より年上で、口数は少ないものの、いつも冷静な判断を示してくれた。口髭を生やし、ダンディーな雰囲気で、ちょい悪オヤジに見えなくもないが、本人はいたって真面目な性格である。もっとも酒は行けるクチで、もっぱらワイン専門であるが、酒の強さは私と引けをとらない。一度、僧侶が酒を飲んでも良いものなのか聞いたことがあったが、僧侶さんは、
「葡萄酒は教会の儀式でも使うものなので、問題ありません」
と真面目な顔で答えた。

「そういえば、僧侶さんはどうして勇者さまのパーティーに加わろうと思ったの?」
 私は酔いに任せて気軽なノリで聞いてみた。
 僧侶さんは少し思案し、こう答えた。
「それは勇者どのと魔法使いさんの様子を見て、決めたのですよ」
 私は意外な答えに驚いた。
「どういうこと?」
「二人の様子を見て、良い雰囲気のパーティーだと思ったのです。そしてそこに自分が加わることで、より良いパーティーになると思ったのです。もっとも、これも神の思し召しだったのでしょう」
 僧侶さんは二言目には「神の思し召し」と言うのだが、そう言う時は意外と正しい判断であることが、これまでも多かった。
「私はね……正直言うと、勇者さまに一目惚れしたからなの」
 私は酔いに任せて言った。
「もちろん、勇者さまの、魔王バラモスを倒すという強い決意に共感したというのもあるし、魔法使いとしての自分を成長させたいという思いもあったけど……」
 そこまで言って、私はいったん言葉を止めた。
 僧侶さんはただ微笑みながらうなずいている。私の、勇者さまへの思いなど、きっと僧侶さんはとっくにお見通しだったのだろう。
「……でも、賢者さんのあの一途さを見ていると、私はとてもかなわないなぁ……と思うようになったの」
 賢者さんは、まだ遊び人だった時から、押しかけ女房のように私たちのパーティーにくっついてきたのだ。最初は役立たずどころか、パーティーの足を引っ張ることばかりしていたので、私は何度も賢者さんを叱責した。それでも賢者さんは心折れることなく、ずっとくっついてきた。そしてダーマ神殿で賢者に転職し、みるみる間に成長してきて今にいたるのだが、賢者さんの一途さは今も昔と変わっていない。
 賢者さんは、ただ勇者さまと一緒にいたいだけなのだ。

「もう一杯だけ、飲みますか?付き合いますよ」
 気が付けば私のグラスは空になっていたので、僧侶さんがそう尋ねた。私はマンハッタンを頼んだ。ウイスキーとスイートベルモットのカクテルである。僧侶さんも新たにグラス一杯のワインを頼んだ。そして軽くグラスを持ち上げ、再度の乾杯を交わした。
 マンハッタンのカクテル言葉は、切ない恋心。
「よく見ると僧侶さんも男前よね……私で良かったら付き合わない?」
「すみません、私は神に仕える身なので妻を娶ることはできないのです」
 そう言って私と僧侶さんは顔を見合わせ、声を上げて笑った。私もほろ酔いになり、今夜はよく眠れそうである。

【注釈】

・ リムルダールはアレフガルドの南東にある街。なおこの時点でアレフガルドはゾーマによって闇に閉ざされているので一日中、夜となっている。アレフガルドの住人が昼と夜をどのように区別して生活しているのか不明だが、おそらく時計に合わせて便宜的に一日を区切っているのだろう。

・ 僧侶さんが「葡萄酒は教会の儀式でも使うものなので、問題ありません」と言っているのは、キリスト教の聖餐式でパンと葡萄酒を使うことを言っている。これはもちろん屁理屈に過ぎないのだが、日頃は徳の高い言動を示す一方で、決して杓子定規ではない僧侶さんの性格を表している。なおドラゴンクエスト世界の僧侶が何の宗教の僧侶なのかは不明であるが、十字架のモチーフが使われていることからキリスト教をモデルにしているのだろう。

・ 魔法使いさんが小柄であるという設定であるが、当時のドット絵によるキャラクターの表現上、とんがり帽子をかぶった魔法使いさんはその分、身体の部分が小さめに描かれていたためである。魔法使いさんはそのことをコンプレックスに思っているようだが、とんがり帽子にノースリーブのローブとマントをまとった彼女のコーディネートはなかなか秀逸だと思っている。

・ マンハッタンは「カクテルの女王」と呼ばれるもので、ウイスキーにスイートベルモット、さらに少量のアロマティックビターズを加えたもの。1959年公開のマリリン・モンロー主演映画『お熱いのがお好き』に登場して有名になった。なおマンハッタンはニューヨークの地名なので、なぜこのドラゴンクエスト世界に存在するのかは不明であるが、この一連の二次創作小説では現実世界のものも色々と潜り込ませている。

・ 僧侶さんの「私は神に仕える身なので妻を娶ることはできないのです」という台詞は、「賢者さんの物語」での「うちは代々、僧侶ですし……」の発言と矛盾する。要は「見え透いた嘘」なのであるが、それを受けた魔法使いさんにしても百も承知のことで、だからこそ冗談として笑い合っているのだろう。なお現実世界のキリスト教では、カトリックの神父は妻帯できないが、プロテスタントの牧師は妻帯が可能である。

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