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女子三人が性癖を語る会(編集者・石川知実の静かな生活【番外編】)

座談会出席者
・ 梅田サクラコ(桜):アラ還の小説家。北海道北見市出身。既婚。二人の子と一人の孫がいる。書く小説は女性の欲望を描いた濃厚なものが多いが、本人はいたってサバサバした性格。
・ 石川知実(知):アラフォーの雑誌編集者。北海道札幌市出身。既婚。子なし。奔放な性格だが、本人は自分のことを真面目でお堅いと思っている。
・ 稲本恵美(恵):アラフォーの外資系ファームに勤務するOL。京都府峰山町(現京丹後市)出身。未婚(パートナー有)。天は二物を与える才色兼備。鷹揚な性格で何事もポジティブに捉えるので同性異性問わず人気がある。

 女子三人がJR御徒町駅近くの立ち飲み居酒屋「味の笛」で放談を繰り広げている。この三人は元々それぞれが知り合いだったのであるが、一月ほど前に開催されたホームパーティーで意気投合し、再集結する運びとなったのである。
 場所柄、単身や小グループの男性サラリーマンの客が多い店であるが、夕方五時頃から既に異様な盛り上がりを見せている女子三人に圧倒されてか、あえて彼女らに近付こうとする者はいないようである。
 彼女らはどうやら、男性のどのような要素に惹かれるのかを議論しているようだ。

[トピック1]「声」について
(桜)やっぱり私は月並みだけど「声」に惹かれるわ。
(恵)分かります。
(桜)定番だけど低くて響く声が私の好みかな。例えば嶋田久作とか。
(知)先生、それマニアック過ぎます。
(桜)そうかなあ……
(恵)私も声フェチなんですけど、私の場合は高い低いはあまりこだわらなくて、なぜか耳に残る声が好きなんですよね。
(知)例えば?
(恵)女性なら、宇多田ヒカルさん。男性なら、小島よしおさんとか。
(知)えー、宇多田ヒカルは分かるけど、小島よしおはかなりマニアックね。
(桜)あっ、でもそれ分かるわ。
(恵)ほんとですか!
(桜)倍音の成分が多い声ってことじゃないかしら。
(知)さすが先生。音大出身。
(桜)私も、単に低い声なら何でもいいって訳じゃなくって、低いけどこもって何言っているか分からない声は逆に興味ないのよね。低くても倍音の成分が多く含まれていたら、いわゆる「通る声」になるの。
(知)オペラ歌手みたいな?
(桜)そうそう。

[トピック2]「匂い」について
(恵)私は……恥ずかしいんですけど、「匂い」に惹かれます。
(知)それって「オスの匂い」とか、フェロモンみたいなもの?
(恵)……うーん、ちょっと違うかな……
(桜)ヨーロッパ人は「匂いフェチ」多いらしいわね。ゲーテなんかも、好きな人の靴の臭いをかいで興奮した、なんて話もあるらしいわ。
(知)えー、それって体臭ってことですよね。
(桜)ヨーロッパ人って基本、体臭キツめなのよね。でも向こうの人って、あの臭いに性的な興奮を感じるそうよ。
(知)ええー、そうなんですか!
(桜)だから向こうの香水も、体臭と混じり合っていい具合になるように調合されてるって聞いたことあるわ。日本人は体臭がない人が多いから、本当は香水を付ける必要はないのかもしれないわね。
(知)電車とかで香水の匂いがきつい人が隣にいたりすると、あたし倒れそうになったりします。
(恵)私もきつい匂いは苦手なんだけど、それより個々人の独特の香りが何か気になるんですよね。
(知)どういうこと?
(恵)例えば、ちょっとこの人、内臓の調子が悪いのかな……とか、そういう独特の臭いに敏感なんですよね、私。
(知)すごい、動物並みの嗅覚!
(恵)逆にこの人、いい香りがするな……と思った人は、運動や食生活に気を遣っていたり、ストレスを上手に発散していたりとか、そういう人だったりするんですよね。

[トピック3]「血管」について
(知)あたしはやっぱり「血管フェチ」かな。
(恵)知実は昔からそう言ってたよね。
(桜)それって筋肉に浮き出した血管ってこと?
(知)そうですね。特に腕とか手の甲に浮き出た血管とか、好きだなぁ……
(桜)私も「細マッチョ」が好みだけど、「血管」という属性に注目したことはなかったかな……
(知)でもあたし、血管好きは男性に限ったことじゃなくって、女性の血管も好きだなぁ……例えば白い肌に青い血管が透けている様子とか、うっとりしてしまうわ。
(恵)肌の薄い人って、確かにそうよね。
(知)実はあたし、恵美の血管、すごい好きなのよね。
(恵)えっ?
(知)おっぱいのところに青く透けて見える血管なんか、たまらないわ。
(恵)いやーん、知実ったらエッチ!
(桜)そこの二人、いちゃいちゃしない!

【トピック4】「女性の性」について
(恵)サクラコ先生の作品の女子たちはみんな奔放ですよね。そういうところに私は惹かれました。
(桜)ありがとう!
(恵)例えば「籐子」シリーズの主人公の籐子は、シングルマザーでバイセクシュアルでなかなかぶっ飛んだキャラクターですけど、ああいう人物描写って、やっぱり先生の体験から来ているのですか?
(桜)まさか! でも三分の一くらいは自分の体験、三分の一は人から聞いた話、残り三分の一がフィクションかな……
(知)でも「籐子」シリーズが始まったのは今から三十年くらい前ですから、あの頃は籐子のようなキャラクターはなかなか驚きを持って受け止められたんじゃないですか?
(桜)驚きも何も、非難ゴウゴウだったわよ!
(知)やっぱり、そうだったんですね。
(桜)特に男性からのウケは悪かったわよね。籐子は男性が望む女性の姿からはかけ離れていたから。
(恵)籐子は色々な男と寝るんだけど、男に「抱かれる」というよりもむしろ男を「抱く」って感じがしました。
(桜)そうなの! その点は、ちょうど同時期に流行ったドラマ『東京ラブストーリー』の影響が大きかったかも。二人とも知ってる?
(知)はい、あたしが観たのは再放送ですけど。
(恵)私はレンタルビデオで一気見しました。
(桜)あのドラマで、鈴木保奈美が織田裕二に向かって「カンチ、セックスしよ!」って言った台詞が有名になったじゃない。あれが籐子というキャラクターを作るきっかけになったのは確かね。
(恵)でもカンチは、最後はリカじゃなくって有森也実さん演じるさとみと結ばれるんですよね。
(桜)やっぱり男性が望むのは、ああいう女性なのかもね。
(知)あっ、でもあたし、有森也実さんのちょっとミステリアスな透明感、好きだなぁ……
(恵)知実の女子の好み、分かるわ。
(桜)まあ……籐子が男性から嫌われるタイプなのは予想していたんだけど、女性からも非難されたのよね。
(知)そうだったんですか? それって保守的な人から?
(桜)実は保守的な人からも、フェミニズム的な人からも、両方から言われたのよ。
(知)えっ、意外です。
(桜)保守的な人から言われるのは分かりやすいわよね。でもフェミニズムの人から言われたのは、籐子のような女性は、男性にとって都合の良い女性に過ぎない、っていうのよね。
(恵)フェミニズムの人の方が、籐子のような女性を理解してくれそうなものかと思いましたけど……
(桜)結局、あの人たちからしてみたら、籐子が奔放にセックスすることが気に食わなかったみたい。
(恵)それって、女性が性欲を持つのはおかしい、ってことなのかしら?
(知)でもそれって、いわゆる「萌え絵」にいわゆるフェミニズムの人たちが噛みつくのと似てるのかも。女性の性の「商品化」とか言って。
(恵)「萌え絵」の作者は女性のこともあるし、「萌え絵」が好きな女子も多いのにね。
(知)あたしは、ニーハイの上の、太ももの肉がプニっとなったところが好きなのよね。その部分の描写が上手い絵師さんは「分かっているなぁ」と思うわ!
(桜)私が描きたかったのは、自分のエロスを肯定する女性の姿なの。ありがたいことに、「籐子」シリーズを支持してくれたのも女性が多かったので、今の私があるんだと思うわ。
(恵)『ステージライト』の主人公のレイラも、まさにそんな女性ですよね。
(桜)あの主人公は実在の踊り子の愛川ジュリをモデルにしているんだけど、彼女にしても自分の表現する場としてストリップの世界を選んだ訳よね。もちろん彼女の裸を見たいという男性がいて、それはエンタメとして消費されている訳だけど、それは性的に搾取されたり加害されたりするというのとは全然違う、っていうことを私はあの小説で言いたかったの。
(知)『裸の叫び』を書いた鈴木千沙子さんもそうですよね。
(桜)うんうん!
(知)彼女も普通のOLをしていて、でもどこか満たされない思いを感じていて、そしてある日ストリップに目覚めて、自らその世界に飛び込んだんでしょ……彼女にとってエロスは、自分を変えるための原動力だったのよね、きっと。
(恵)そういう意味で鈴木千沙子さんが芥川賞の候補になったのは大きいですね。自分のエロスを肯定する女性というのが、世間でも受け入れられ始めたのかな、って。
(知)女子も堂々と性を語れる世の中が、早く来ればいいのにね。
(桜)すでに私たち、堂々と性癖を語り合ってるじゃない!

 女子三人による立ち飲み居酒屋での座談会は、この後もまだまだ続くようである。


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