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「最悪の事態」を考えれば、正確に計画を立てられるのか?(3) ー計画錯誤と悲観的シナリオー

前回までの記事では、ベストケースに基づいて課題の時間を見積もる「楽観バイアスがいかに強いかが実験の結果によって示された。

今回は、残す二つの実験、実験4と実験5を紹介する。

実験4

実験3までは、「ベストケース」、「最悪のケース」、「現実的ケース」の3パターンのいずれかを考えさせる実験や、複数のシナリオを考えさせる実験を行い、楽観バイアスがいかに強いかを示してきた。

そして、「最悪のケース」が最も実作業時間に近かったことが示された。

しかし、今までの実験では常に「ベストケース」に近い時間が採用された。そして被験者に「尤もらしくない」と判断された「最悪のケース」は採用されなかった。

この実験では、「楽観的シナリオ」か「悲観的シナリオ」か、そして、「尤もらしい」か「尤もらしくない」か、の4象限に被験者を分割し、「尤もらしさ」と「楽観バイアス」のどちらが計画錯誤の原因となっているかを検証した。

被験者にはシナリオ(時間見積もり)を作らせるのではなく、実験者から4ケースを提示した。

シナリオは下記のようなものだった。(やや直訳気味)

これから皆さんには4月2日(4月30日)までに所得税のメールを完了することをめざして、楽観的シナリオ(悲観的シナリオ)を描いてもらいます。これは楽観的(悲観的)なシナリオです、何故かと言うと、最終締切は4月30日だからです。あなたが書いたシナリオでは、できる限り全てうまくいくように(それなりにやるように)してください。さらに、あなたが書いたシナリオは尤もらしい(もっともらしくない)ものであるようにしてください。それは、あなたからみてありそうな(まったくなさそうな)ものであるという意味です。

結果1:楽観的なシナリオの効果のみが、最終見積もり時間に影響した。

結果2:シナリオが楽観的なときだけ、尤もらしいシナリオはもっともらしくないシナリオよりも早く終わると見積もられた。

結果3:楽観性も尤もらしさも時間見積もりの精度に影響しなかった。

結果4:いずれの被験者も締め切り直前で完了させた。


以上の結果だった。楽観バイアスは強く、さらに締切の力も強いということがわかった。

実験5

見積もりの尤もらしさにすら影響されず、楽観的シナリオだけに見積もる時間が影響されることがわかった。実験5では、その課題を行う当事者ではなく、「observer(傍観者)」の観点から時間見積もりをしたらどうなるかを検討した。というのも「自分の問題ではない」場合には「ニュートラル」に判断するのではないか?という仮説が実験4から立つためだ。

結果は下のようになった。

結果1:実際の見積もり時間を考える時、「尤もらしい」シナリオに引っ張られた。楽観的シナリオが尤もらしいときには、楽観的シナリオを、悲観的シナリオが尤もらしいときには、悲観的シナリオに近い見積もりをした。

結果2:見積もり時間に関して、楽観的シナリオを見た後は、楽観バイアスがかかり、悲観的シナリオを見た後は悲観バイアスがかかった。

結果3:中立的な傍観者が判断を下す場合にはプライミング効果(つまり実際に見積もる前に見たシナリオに影響されるということ)がかかり、常に楽観バイアスがかかるわけではないことがわかった。


以上、今までの実験1−5を総合すると、

「悲観的シナリオ」は楽観バイアスを取り除くためには全く効果がない

ということがわかるのだ。

もちろんこの研究の限界もある。実験1−3と実験4−5は課題が異なるため、被験者の好き嫌いやモチベーションの効果も影響する。

だが、現実問題として多くのプロジェクトが遅延するように、「楽観バイアス」は人々にこびりついて離すのは難しい。


最悪の事態を考えたからといって、安心してはいけないのだろう。ある程度の余裕を持ちながらも、遅れてしまいそうな見積もりが立ったときには即座にリスケジュールする必要がある。



今回の記事は下記の論文を参考にしたものです。

Newby‐Clark, I. R., Ross, M., Buehler, R., Koehler, D. J., & GriYn, D. (2000). People focus onoptimistic scenarios and disregard pessimistic scenarios while predicting task completiontimes.Journal of Experimental Psychology: Applied, 6,171–182.


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