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その「ストーリー」をつくる過程に受益者は参加できていますか?:F&Pファンドレイジング・フォーラム2023レポート④

2023年8月末、オーストラリアの非営利団体Fundraising & Philanthropy(F&P)がシドニーで開催したファンドレイジング・フォーラムに参加してきました。

本記事では、同フォーラムのセッションの一つ「Who owns the fundraising story?」からの個人的な学びや気づきをまとめています。

このセッションのスピーカーは、非営利団体向けにダイレクトマーケティングや戦略設計のコンサルティングをしつつ、寄付した時に「寄付して良かった!」と寄付者が感じられるよう感情的に訴えかける文章やメッセージづくりを得意としているJune's Fundraising Letterを運営するJune Steward氏。

このセッションは問題提起を終始していてドラスティックで新鮮でしたが、その問いかけの1つひとつが一考する価値があると感じたので、日本のファンドレイジング関係のみなさんにも現在のファンドレイジングの成功モデルを考え直すきっかけとして良いと思い、記事にまとめています。


ファンドレイジングの「ストーリー」の所有者はだれ?

まず、セッションのタイトルでもある「ファンドレイジングのストーリー」とは何を指しているか?それは、ファンドレイジングの訴求や寄付者コミュニケーションで使用する、受益者または事業などのプロジェクトに関するストーリーのことです。

Steward氏は、大きく3つの時代における「ストーリー」の扱われ方とその所有者について言及していきました。

プレインターネット時代における「ストーリー」の所有者

先ずはプレインターネット時代。その名称の通り、インターネットが普及する以前の1990年代までの時期を指しています。それまでは、非営利団体やそのファンドレイジング担当者または寄付キャンペーンの担当者や企画者がストーリーの材料を集めつくった「所有者」であると同時に、どのようにファンドレイジングのコミュニケーションやPRで使用されるかまで指導する人達でもあったとSteward氏は言います。

この頃、「貧困のポルノ」という批判的な呼ばれ方もされて議論になっていた、目にハエがついた写真、餓えた子どもの写真などが使用されていた時期です。その当時は、ラジオやテレビ、映画、書籍や新聞などの印刷物といったメディアが人々の情報源でしたが、大部分では、やはり非営利団体やファンドレイジング担当者がストーリーを所有またはコントロールしていたと指摘されています。

プレインターネット時代のストーリーを取り巻くステークホルダー(スライド資料より)

インターネット時代における「ストーリー」の所有者

次に、インターネット時代です。これは、インターネットが一般の人々に使われ普及してきた1990年代後半から現在に至るまでの時期です。

今日では、個人が発信するためのチャンネルやメディアが多様になり、本を出版したり、動画を作ったり、コンテンツを公開したりすることが今まで以上に簡単になりました。組織内外の人達が、ファンドレイジングのストーリーに影響を与えることができるようになったものの、非営利団体が配信するコンテンツを所有しコントロールしようとしていることは、プレインターネット時代から変わっていないことがこれまでソーシャルセクターに関わってきた筆者の経験からも言えます。

Steward氏の問題提起は、非営利団体やファンドレイジングキャンペーンの担当者は人を派遣してインタビューを行い、写真や話を集めるが、受益者は、その後のストーリーづくりに全く関与できないことを指摘しています。指摘の中では、受益者はストーリーが公にされる前に確認する機会はあるものの、地域向けの活動の場合にしかなされおらず、国際協力のような受益者が他国にいる場合には、受益者による確認は現在もほとんどされていないとも言っています。

また、寄付者中心(donor-centered)のファンドレイジングを目指す時に考えるべき問題を提示しています。
たとえば、マーケティングを専門とする人達は、ネガティブで必要な要因に焦点を当てたファンドレイジングのストーリーは真実ではないから、人々のステレオタイプを持続させ、受益者からの尊厳を奪っていると主張している。一方で、ファンドレイジングを専門とする人達は、希望に満ちた話はニーズを軽視しているため真実ではないと主張しています。受益者の生活体験の実際の部分を省いているからであり、これも受益者の尊厳を奪っていると主張している。
Steward氏は、自分達の活動の受益者を最も公正で正確に描写しているのはどちらかを問いかけてきます。

インターネット時代のストーリーを取り巻くステークホルダー(スライド資料より)

AI時代における「ストーリー」の所有者

Steward氏は、AIの存在自体には反対していないものの、ファンドレイジングは関係構築の一部であり、AIを活用したファンドレイジングは本当の意味での人と人との関係構築にはならないという考えから反対の立場を取っているようです。

現在のファンドレイジングにおいて発信をする際に、受益者の名前を変更したり、ストック画像を使用する場合は注意書き等で示されながら、寄付者はプライバシーの保護が理由であることを理解してくれたとしても、AIによって生成された実在しないインドの子ども達の画像やストーリーで伝えられるのは、本当に本物の体験なのだろうか?と、Steward氏は問いかけます。

AIに生成されたインドの貧困層の少女"Fatima"の画像とストーリーと寄付依頼メール(スライド資料より)

これからの非営利活動は受益者をどのように捉えるべきか

Steward氏によると、「受益者(Beneficiary)」という呼称に対して異議を唱える声があるそうです。なぜなら、それは彼ら彼女らが支援を必要としており、支援者に対して被支援者という一種の上下関係の下位の方の人達であるという意味も暗に含めてしまうからです。代替として挙がっている言葉は「参加者(Participant)」。こちらの方が、より積極的に関わる権利のある立場というニュアンスが含まれるようです。

しかし、受益者の目線からも考えるべきであるとも、Steward氏は言います。受益者自身は、自分達をどのように見ているのか?彼ら彼女らは、自分達を「受益者」として見ているのか?それとも、「参加者」として見ているのか?もしくは、別の何かとして捉えているのか?そもそも、彼ら彼女らを何と呼ぶべきかを決定するのは誰なのか?
一方で、「参加者」と表現された時に寄付者がどのように受け止めるのかも考える必要があるとも指摘されていました。

受益者を捉え直すだけでも考えなければならないことが、沢山ありますね。。。

筆者の見解

ずっと問題提起をしているセッションというのは興味深かったです。(笑)セッションの内容だけで記事を終えても良いのですが、登壇者のJune Steward氏の問題提起は参加者に考えてもらうためだったので、参加者としてセッションを聴いた私の意見を記載しておこうと思います。

このセッションでの問題提起を受けて、ファンドレイジングのストーリーづくりに当事者を参加させないことに対して、個人の権利や尊厳の観点からは良くないことだと私も同意します。
このフォーラムの別セッションにて、受益者が寄付訴求のメッセージづくりのプロセスに参加できるようにチャレンジしている事例があったので、下記のセッションレポートもご参考ください。

とはいえ、ファンドレイジングのストーリーづくりに当事者を参加させることは、活動分野によってはできない分野もあるように私は思います。
いくつか例を挙げると、まずは動物保護の分野を挙げたいと思います。受益者(当事者)に該当する動物たちは、人間の言葉を話せないので、動物保護分野におけるファンドレイジングのストーリーは団体主導にならざるを得ないように思います。
他でいえば、環境保護活動についても同様のことが言えます。ほとんどの場合、受益者(当事者)に該当するのは「自然環境」であると私は理解していますが、この分野においても、人間側の主観でファンドレイジングのストーリーづくりをすることになるかと思います。
また、子ども支援分野も対象層によっては難しいと思います。たとえば、小学生年代の子ども達に、ファンドレイジングのストーリーづくりに参加してもらい、意見を出してもらうのは子ども達にとって難し過ぎるトピックのように思います。高校生以上であれば、参加してもらっても良いようには思います。

これらに加えて、日本の国際協力NGOにおいては、英語圏の団体と比べて、言語の違いや表現の仕方の違いがあることがストーリーづくりへの当事者の参加を難しくさせるでしょう。ただし、取り組む必要と意義はあるとは思っています。
そもそも、植民地時代の流れを汲んでいる援助と被援助の関係性が今も続いていることから出てきている問題提起だと思うので、特に国際協力や人道支援の分野での議論が盛んのように、個人的には見ています。

当事者以外の人達のバイアスが原因でうまく進まないことも予想できますし、当事者に関わってもらうこと自体もチャレンジングですが、当事者への機会提供や社会参加という観点から考えても、時代の変化に応じたストーリーの作り方として取り組む価値はあるように感じました。

ちなみに、活動分野や非営利団体によっては、今回の問題提起のポイントである「受益者(被支援者)」がいないケースがあります。たとえば、西オーストラリアのとある医療研究機関は、寄付者重視のファンドレイジングを推し進めています。その事例共有がなされていたセッションレポートもご参考ください。

以上が、Steward氏の問題提起に対する私の意見ですが、日本のソーシャルセクターやファンドレイジング関係のみなさんはどのように考えますか?
よければ、本記事のコメント欄にご意見を書き込んでみてもらえると嬉しいです。

最後に

記事をお読みいただき、ありがとうございました。
私は、オーストラリアを中心に海外のソーシャルセクターに関する有意義な事例や知見を日本のみなさんにシェアしていけるように日々活動しています。

現在は、コストがかかり過ぎないように意識しつつも、無料の機会だけで得られる情報や出会える人では情報の質と量に課題があり、ファンドレイザーをはじめオーストラリアのソーシャルセクターの人達とつながるために有料のイベント(約2~8万円の参加費)やカンファレンス(約10~20万円の参加費)に直接参加したり、なるべく正確かつ信頼性のある情報源から情報を得られるように有料のレポートや書籍を購入しながら情報を集めています。

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