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緊急事態ではどの時代、どの国でも人々は協力し合い、そして権力は必ず腐敗するメカニズムを紐解いてみる。


突然ですが質問です。あなたが乗っている飛行機が緊急着陸しました。その機体は明らかに破損し、機内に煙が充満してきました。早く脱出しなくてはなりません。さて、何が起こるでしょうか?

乗客は周囲の人に声をかけ、助けが必要な人を助け出すでしょう。たとえ相手が見ず知らずの他人だったとしても。しかし、現実にはパニックが起こり、誰もが自分のことで頭がいっぱいになり、押し合いが発生して、子供や老人が押されて踏みつけられることが考えられます。

さて、私たちはAとB、どちらの世界に住んでいるでしょうか?

フローニンゲン大学の社会心理学の教授によれば、97%の人は自分はBの世界に住んでいると考えています。しかし、現実にはほとんどの人はAの世界に住んでいます。この事実について、多くの専門家でさえ、警察官や消防士もその現場に出くわすまでは信じることができません。

歴史的な惨事を振り返っても、その現場は間違いなくAの世界でした。タイタニック号沈没は映画の影響でパニックヒステリーを起こしたと考えられていますが、実際の目撃者たちの証言によると、避難は極めて秩序正しく、慌てて走ったり泣き叫んだりする人はいなかったとされています。

2001年9.11のタワーが崩壊する時もそうでした。数千人が火の手と命の危険を感じながら、全員が静かに階段を下り、その階段は消防士や怪我した人が通れるようにみんなが脇に寄って下り続けました。多くの生存者たちがこう証言しています。「信じ難いことに、『お先にどうぞ』という言葉を頻繁に耳にしました」と。


2005年、ハリケーン・カトリーナがニューオーリンズを襲い、家屋の80%が浸水し、1,836人が亡くなりました。結果的にアメリカにおいて最大規模の破壊をもたらした自然災害の一つとなりましたが、被災からの1週間、新聞は被災地での強姦や発砲事件、ギャングの徘徊、略奪行為、救助ヘリの狙撃という恐ろしい話であふれ返りました。避難所には電気も水もなく、二人の幼児が喉を切られ、七歳の子供が強姦された末に殺されたと報じられました。

警察署長は「市が無政府状態に陥っている」と語り、州知事もヒステリック状態でこう発信しました。「最も恐ろしいのは、このような災害がしばしば人間の最悪な性質を引き出すことだ」。

およそ一ヶ月が経過し、ジャーナリストたちが洪水の水と共に引いた頃、さまざまな真実が浮かんできました。まず、銃声に聞こえていたのはガソリンタンクの安全弁が外れた音でした。

避難所で亡くなった6人のうち4人は自然死、残りの2人は薬物の過剰摂取、もう一人は自ら命を絶ちました。

確かに略奪は発生しましたが、ほとんどが生き延びるために行ったもので、食料や医薬品を探して必要な人に配っており、一部は警察に協力していた鼠小僧のようなものでした。

ハリケーンの後、ボートが到着し、数百人の市民でレスキュー隊を結成した人もいました。無政府状態だとパニックに陥った警察署長も、結局、強姦や殺人に関する公式報告は一件もなかったとしぶしぶ認めることになりました。

被災地には利己主義も無政府状態もなく、勇気と慈愛に満ちた行動が見られました。これは地震大国日本でも頻繁に見られる現象ではないでしょうか。

デラウェア大学の災害研究センターはこうした災害時に人間がどのように反応するかについて研究しています。
彼らは700件ほどのフィールドワークから、災害時には映画とは逆のことが起こること、つまり大規模な混乱が起きないどころか自分勝手な行動が減ることを明らかにしました。

強姦、殺人、強盗などの犯罪も減り、ショック状態に陥ることもなく、民衆は落ち着いて行動します。略奪が起きたとしても少数で、全体で見ればモノやサービスを大量に提供する行動が見られるのです。

無償提供や分かち合いなど、災害時の大規模で広範囲な利他的行動が圧倒的に多く見られました。

つまり、大災害は人間の善良さを引き出し、人々を結束させるのです。これは戦争、特に空爆においても同様だとする研究があります。


1940年9月、ロンドン市内に空襲警報が鳴り響きました。348機のドイツ爆撃機が来襲し、その後9か月間でロンドンには8万発以上の爆弾が落とされ、100万棟の建物が破壊され、4万人が亡くなりました。長期間の爆撃を受けた市民はどうなったのでしょうか。

カナダから来ていた精神科医の目撃談によると、1940年10月のロンドンでは、空襲が続く中で子供たちは遊び続け、買い物客は値切り交渉をし、警官は交通整理をしていたといいます。人々は空を見上げることもせず、普段通りに生活していたのです。こうした記録が無数にあり、空襲による精神的影響は予想よりも少なく、メンタルヘルスの改善さえ見られました。


群集心理の権威であるギュスターヴ・ル・ボンは、人は危機に陥ると文明社会の階段を駆け下りるとしましたが、この仮説は完全に的外れでした。実際には、人々は文明社会の階段を駆け上がるように団結し、助け合いました。空襲による敵国の士気低下はなく、逆に戦時経済は強化され、戦争が長引く可能性が示唆されました。

ドイツでも同様で、人々は協力し合い、空襲の影響は精神的には少なかったのです。ロンドンと同様に、ドイツの市民も互いに助け合い、戦争が終わるまで団結していました。一般市民への空襲が戦争を早く終わらせる効果がなかったことが、調査によって確認されました。

東京も一般市民を標的にした空襲によって大規模な被害を受けましたが、人々の団結と助け合いの精神は変わりませんでした。こうした危機的状況における人間の善性については多くの証拠がありますが、メディアは逆のイメージを描きがちです。

このような報道によって、救援活動が遅れたり、誤解が生じたりすることもあります。カトリーナの例では、無政府状態と報じられた地域に警察や消防が立ち入るのを嫌がり、障害のある男性が誤って射殺される事件も起きました。

災害時には、市民の自発的な協力が見られる一方で、当局がパニックに陥り、誤った判断を下すことがあるのです。

この現象をレックス・ニュッタは「エリートパニック」と名付け、権力者がすべての市民を自らの一部として見ようとすることに原因があると述べています。

権力者が利己的で不誠実な行動をとる原因には、いくつかの心理学的、社会学的要因が関与しています。その背景には、権力が人間の行動や心理にどのような影響を与えるかについての研究が示しています。


まず、フィレンツェ共和国で『君主論』を執筆したマキャヴェリは、「権力を得たければ掴み取らなければならない」「目的が手段を正当化する」という現実主義的な政治哲学を提唱しました。この考え方は、多くの政治権力者に影響を与え、彼らが非道徳的な行為も容認する姿勢をとる根拠となりました。マキャヴェリの哲学は、権力を維持するためにはあつかましく、嘘をつき、時には誠実を装いながら人を騙すことが必要だと強調しています。

権力者が自己中心的な行動をとる理由を説明する一つの理論は、デイカー・ケルトナーの研究にあります。ケルトナーは、1990年代に権力とその心理的影響に興味を持ち、様々な実験を行いました。彼の研究は、一般的には権力を持つ人々が自己中心的で非道徳的になる傾向があることを示しました。

例えば、1998年の実験では、ランダムに選ばれたリーダーが他のメンバーに比べて二枚目のクッキーを食べる傾向があることが観察されました。

この実験は「クッキーモンスター研究」として知られています。リーダーたちは、クッキーを食べる際に音を立てて食べ、自己中心的な行動をとることが確認されました。この研究から、権力を持つことで人は他人への配慮を失い、自分勝手な行動をとりやすくなることが示されています。

さらに、権力は人間の脳にも影響を与えることが分かっています。権力を持つことで、自己中心的な思考が強化されるだけでなく、他人への共感力が低下する傾向があるとされています。これは、権力が脳の前頭前野の機能を抑制し、自己制御や共感に関する能力を低下させるためだと考えられています。

また、社会的な要因も関与しています。権力者はしばしば取り巻きや支持者によって肯定される環境に置かれるため、自分の行動が正当化されやすくなります。このような環境では、自己中心的な行動がエスカレートしやすくなり、他人の意見や感情に対する配慮が欠如しがちです。

まとめると、権力者が利己的で不誠実な行動をとる原因には、心理的影響、脳の機能変化、そして社会的な環境要因が複雑に絡み合っていることがわかります。権力の影響を理解し、その弊害を抑えるためには、これらの要因に対する対策を講じることが重要です。

権力と社会的行動に及ぼす影響
近年の研究では、権力が人々の社会的行動にどのような影響を与えるかについて興味深い洞察が得られています。ある実験では、被験者にオンボードで高級車でもない車と高級車を運転させ、横断歩道を渡りたい歩行者に対する道譲り行動を調査しました。その結果、高級車を運転する被験者ほど、歩行者に道を譲る確率が低下し、メルセデスベンツを与えられた場合は45%もの被験者が歩行者を無視する傾向が見られました。

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