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ヴァンパイアらばぁあ!―魔界に堕ちて恋を知る― 十話

十.第七章:それぞれの想いを感じて

 中心街の一番地、商業店や飲食店が立ち並ぶ中の一点のカフェにシオンはいた。テラス席に座る彼女の前にはガロードがいる。にこにこと笑みを浮かべながらシオンを見つめる彼は楽しそうだ。

 シオンはガロードに誘われてカフェを訪れていた。彼は二人きりで出かけるためにリベルトをなんとか説得したのだ。過保護な気があるリベルトだったが、遅くならないようにという約束で二人での外出に許可を出した。

 ガロードはいろんな話をしてくれた。宿屋に泊まった客が話していた別の街の話や、客の愚痴、自分が通っていた学校での昔話。それらは聞いてそういったこともあるのかとシオンの中では驚くこともあった。

 魔族の行動や感情などが見えてきて人間との違いに勉強になるなと、シオンはガロードの話を聞きながら果実水を飲む。

「おや、いけませんね。私ばかりが喋ってしまって」
「気にしてないですよ。お話は面白いですから」
「そうですか? 私はよく一方的に話すと言われるもので」

 言われてはいるのだなとシオンは思う、気づいてはいたのかと。本人は気を付けているつもりらしいのだが、どうしても喋り出すと止まらないようだ。ガロードは「申し訳ない」と頬を掻いた。

「シオンさんと話すのは楽しいもので……」
「こっちも楽しいですよ」
「それならいいのですが……。あぁ、何か質問とかありますか?」
「うーん。魔族って見た目から年齢が分からないなって思うんですけど、ガロードさんって何歳なんですか?」
「年齢ですか……二百三十歳でしょうか。数えたりしないので曖昧ですが」

 百歳を超えると数えるのも面倒になるらしい。シオンはその年齢に魔族って凄いなと思ってしまう、人間には考えられない数字だから。

 サンゴも長命種の人魚なのでいずれは百歳を超えるのだろう。そう考えると人間というのはあまりにも短命だなとシオンは実感する。魔界で暮らす人間もこんな感覚なのだろうか。

「私も人間について聞きたいことがあるんですよ」
「なんですか?」
「いえ、人間はどういった感覚で相手を好きになるのかと」

 人間の感覚と魔族の感覚では違うモノもあるでしょうからと言われて、シオンはどうだろうかと考える。人間というのは自分と違ったものに惹かれることもあれば、恐怖を抱くこともある、嫌悪することだって。なので、人によって違うというのが人間なのだが、やはり違った存在というのはそれだけ強く印象を持ってしまう。

 自分とは違った存在に惹かれて、恋に落ちるというのはよく聞くことだ。自分に持っていないものを相手が持っていれば特に。シオンは自分の考えだけれどと前置きしてからそう答えた。

「自分とは違った存在ですか」

「例えば、自分は鈍感だけれど、相手は鋭くて的確に判断できる人ってなると、その人に憧れたり惹かれたりするんですよね、少なからず。もちろん、その逆で恐怖を抱いたり、嫌悪する人もいるんですけど」

「なるほど」

 ガロードは話を聞いて頷いている。人間の感覚というのは魔族にとっては面白いもののようで、「そういう感覚もあるのですね」と返された。

 魔界にも人間はいるけれど魔族ほど多くもなく、目立つことはあまりないので聞く機会というのはなかったみたいだ。

「何か参考になりました?」
「えぇ。とても。ちなみにシオンさんはどんな方が好みで?」
「あたし? うーん、あんまり怒らない人がいいかなぁ……」

 怒ってばかりの人は怖いし近寄りたくはないとシオンが答えれば、それはそうですねとガロードは笑む。流石によく怒る人というのは魔族でも嫌だと。

「私も気を付けねばならないですね」
「怒ることに?」
「えぇ。時に誰かを叱るというのは仕方がないことです。けれど、怒ってばかりでは周囲を恐れさせるだけですから。好きな人に怖い思いはさせたくないですから」

 ガロードはそう言ってシオンに微笑みかける。なんと愛しげに見つめてくるものだから、シオンは気恥ずかしくなって視線を逸らした。

 ガロードは想いというのを伝えてくる。恥ずかしげもなく、素直に言ってくるものだから言われた側が照れてしまうほどだ。好かれているのだなという想いは感じている、いるけれどシオンはどう応えればいいのか分からなかった。

 ガロードのことが嫌いという訳ではない、それは確かなことだ。信仰深く、少し自分の想いに素直すぎて暴走気味だが悪い人ではないという印象だ。そんな彼に恋愛感情を抱いているかと問われると答えられない。自分にはまだ恋愛感情というのが分からないので、相手に迷惑をかけているのではと思ってしまう。

 なので、シオンは素直に「恋愛感情とかは分からなくて」と返した。変に期待させる行為は良くないと。彼女の気持ちを理解しているのか、ガロードは「気にしていませんよ」と微笑む。

「振り向かせてこそだと思っていますので」

 それでも頑張ってみるのだとガロードは宣言する。まだ諦めない様子なので、シオンは少し困ったけれど付き纏われるわけでも、何かされたということもないので彼の想いを受けてみることにした。

 もしかしたら、恋愛感情というのを彼に対して抱くかもしれない。サンゴも言っていたが、自分は此処で暮らしていく以上は恋愛を経て結婚する可能性があるのだ。分からないから、興味が無いからと避けるのは違うなとシオンは最近になってそう思った。

 アデルバートに対して感じたことも、ガロードからの想いも、それらを受け止めて自分の感情というのを見直すのも良いのではないかと。

「やはり誰かと話すというのは良いものです」
「楽しかったり、話してすっきりしたりしますもんね」
「えぇ。私はシオンさんと話せて嬉しいですよ」

 にこっと笑むガロードにシオンは笑い返す。話すことは嫌いではないシオンは彼が楽しめるのならば語らおうと思って。

 ガロードはついつい自分ばかり話してしまうけれど、聞き手のほうが得意なシオンにとっては苦痛ではなかった。話自体は面白いので聞いていてあきることはないので、「どんどん話してください」と返す。それが彼には嬉しかったようで、少し照れたように頬を掻く。

「あ、シオンさんは孤児院で働いているんですよね?」
「うん。就職しようかなぁと思ってます」
「子供たちは大変でしょう」

 子供は純粋だけれど有り余る元気さがあるのでついていくのが大変ではないかと、ガロードは言いたいようだ。確かに子供たちは元気でどこからそんな力が湧いているのだと驚くことがある。やんちゃな子ほど凄いのでついていくのがやっとということもあった。

 それでも子供たちは可愛いのでシオンは苦ではない。生意気な子も、我儘な子も、大変だけれど話を聞いてしっかりと理解すればいいのだから。そうシオンが話せば、なるほどとガロードは頷いた。

「やんちゃな子は元気ですよね」
「そうなんですよー。あ、ミーニャンって子がいるんですけど、かなり元気で」
「やんちゃなんですか?」
「一人でどっかに行こうとしちゃう子なんで、目が離せないっていうか……」

 元気なので疲れるまで走り回ってしまうし、ちょっと目を離すと何処かに行こうとするのでそこが大変かなとシオンは話す。それでも、苦労したとは思っていない様子に、ガロードは驚いたように「シオンさんも若いですね」と返された。

 若さがあるから子供の元気さについていけるので苦労とは感じないのではないかと。それはそうかもしれないなとシオンは思った。自分はまだ十九歳なので若いと言えば若い、というか魔界の住人からすればまだまだひよっこな年齢だ。

「二百歳を超えると体力の衰えって感じるものなんですかね?」
「うーん。私はまだそんなに感じないけど種族によっては感じると思いますよ」
「なるほどなー」
「子供の体力というのは凄いですから」

 幼い子供を持つ家庭というのは両親も疲れるでしょうねとガロードは話す。母親も父親も大変だろうなとシオンにはまだ分からない苦労もしているだろう。そう考えると両親というのは凄いのだなとシオンは尊敬の念を抱いた。

(あたしの両親もきっと大変だったんだろうなぁ……)

 今は亡き父と母を思い出す。やんちゃと言うほどではなかったにしろ、きっと苦労はしたはずだ。なんとも懐かしくなって少しだけ寂しくなったけれど、シオンは表情には出さずにガロードの話に耳を傾けた。

   *

 それから暫くガロードとカフェで話して二人は店を出た。リベルトから遅くならないようにと言われているので気持ち早めに歩く。

 ガロードは教会まで送ってくれるらしく、日も出ているし大丈夫だけどなとシオンは思ったけれど、「油断は危ないです」と言われてしまい断れない。何せ、襲われた経験があるので大丈夫だろうという油断が危険であるのはよく理解している。

 中央街は今日も人が混み合っている。ガロードの隣にいるがちょっと気を抜くと見失いそうになる。そんなシオンにガロードは「大丈夫ですか?」と心配そうに問う。

「シオンさん、もしあれでしたら手を繋ぎましょうか?」

 手を繋いでいれば逸れることはないと提案するガロードにそうだなとシオンは納得する。するけれど、何故だか彼の手を握ることができなかった。何故だろうと考えて、アデルバートと歩いた時のことを思い出す。

(アデルさんも手を繋いでくれたんだよな)

 優しく、けれどしっかりと握ってくれた手の温もりを思い出す。ヴァンパイアだからなのかひんやりとしていたけれど手を繋いでいるとゆっくりと温かさを宿すその手を。

「大丈夫! ガロードさん身長が高いから見失わないよ!」
「そうですか?」

 シオンはガロードの申し出を断った。何故だか、アデルバートの事を思い出してしまい、手を繋ぐということができなかったのだ。それを悟られないようにシオンは明るく振る舞う。

 ガロードは不思議そうにしていたけれどシオンがもう一度、「大丈夫」と笑えば、彼はそれ以上は言わなかった。彼なりの気遣いのようで申し訳なくなったけれど、シオンはその気持ちだけを有難く受け取っておく。

 人混みを抜けて教会へと続く路地へと入る。人気の少ないとこではあるけれど日が出ているうちはすれ違う人がいる程度には人がいた。慣れた道なのでシオンは周囲を気にすることなくガロードの話に相槌を打ちながら歩く。

 角を曲がって街から外れた奥、林に囲まれるように教会は建っている。もうすぐ着くなとシオンが思っていると、ガウっと呻り声が耳を掠めた。なんだろうかと振り向くよりも先にガロードに抱きかかえられてその場から引き離される。

 瞬間、真っ黒な狼のような獣がガロードの腕に噛みつこうとしていた。彼は狼を蹴飛ばすとシオンを自身の背後に隠す。狼は再び噛みつこうとするも、ガロードに頭を殴られてきゃひんと悲鳴を上げた。

 よろける狼に追い打ちをかけるようにガロードが蹴飛ばせば、狼は恨みがましげに睨みつけながら走って逃げていく。姿が見えなくなったのを確認してからガロードはシオンに「お怪我はありませんか?」と心配げに問う。

「えっと、大丈夫……。さっきのって……」
「あぁ、ブラックウルフです。下級の魔物でたまに街に迷い込んでくることがあるんですよ」

 ブラックウルフはその名の通り、真っ黒な毛をもつ狼の魔物だ。下級魔物ではあるけれど噛まれればただの怪我では済まず、子供ぐらいならば簡単に殺せるほどの力がある。

 見つけた場合はガルディアに報告するようになっているので、ガロードは「ガルディアに連絡しないといけませんね」と少しばかり面倒そうに眉を寄せた。

 ガロードはガルディアにあまり良い印象がないようで、ブラックウルフがうろついていることに対しても「もっと巡回を強化すべきですよ」と怒っている。

「シオンさんにお怪我がないようでよかった」
「ガロードさんが助けてくれたので、ありがとうございます」
「当然のことをしたまでですよ。貴女の傷つく姿は見たくないですから」

 にこっとガロードは笑みながら言うその表情は何とも綺麗なものだ。思わず見惚れてしまったシオンだったが、はっと我に返って「ありがとうございます」ともう一度、お礼を言う。

 周囲を見渡してからガロードは「もう大丈夫ですから」と安心させるように言って、シオンの背を押した。

「ガルディアには私から報告しておきましょう」
「すみません」
「いいんですよ。また私とカフェでお茶でも」
「あ、はい。ぜひ!」

 シオンの返事にガロードは嬉しそうに頬を緩ませている。それがまた可愛らしいなと思ったけれど、男の人に可愛いは失礼かとシオンは口には出さなかった。

 教会の門前では番犬たちがわんわんとガロードに吠える。毎日とは言わずとも頻繁に訪れているというのに番犬たちはガロードには懐いていない。むしろ、警戒しているような節があってシオンは不思議だった。

 そんな番犬たちにガロードは「私は犬に嫌われるタイプなんですよね」と苦笑している。昔から犬にはよく吠えられるし、なかなか懐いてもらえないらしい。そんな人もいるんだなとシオンは思いながら番犬たちを見る。彼らは睨みつけるように呻っていてそれは嫌っているようにも見えた。

「では、シオンさん。今日は楽しかったです」
「あたしも楽しかったです。また」
「えぇ、ぜひ」

 ガロードは明るく笑むと手を振って来た道を戻っていくその背を見送るとシオンは門をくぐった。丁度、リベルトが教会から出てくるところだったので、「ただいま」と声をかける。彼はシオンを見てから「おかえり」と彼女の頭を撫でた。

「犬たちが吠えていたから戻ってきた頃かと思ってね」
「吠える声で分かるんだ」
「どうにもあの子たちはガロード君が嫌いなようだから」

 番犬なので人に懐いては困るのだが彼に対してはえらく吠えるので、すぐに分かるのだとリベルトは話す。飼い犬のことではあるけれど理由までは分からないらしい。シオンはガロードから聞いた話をすると、リベルトは「確かにそういうタイプの魔族はいるね」と納得した様子を見せた。

「何もなかったかい?」
「あ、さっきさ……」

 シオンはブラックウルフに襲われたことをリベルトに話した。彼は眉を寄せながら「こっちにも来るようになったのか」と顎に手をやる。ブラックウルフが迷い込んでくるというのは本当のことのようで、森に近いほうではよく見かけるのだという。

「ガロード君が報告してくれるなら問題はないだろう。街はずれとはいえ、気を付けないといけないな」
「そうだね、ちょっと怖かったし」

 噛みつかれそうになって驚いたのもあるが、恐怖心もあったのでシオンは一人の時は周囲には気を付けようと決める。

 迷い込んできた魔物はガルディアの魔物対策課が対応するとリベルトに教えられて、アデルバートの仕事が増えて大変だなとシオンは思う。仕事とはいえ、対応というのは疲れることだろうから。

「そうだ。サンゴちゃんが来て明日の孤児院へ来る時間は遅くてもいいと言っていたよ」
「え、そうなの?」
「シオンが毎日早く来るからたまにはということらしい」

 孤児院の院長は毎日朝早く来るシオンを心配しているようだ。早起きは苦ではないし、無理しているつもりはないのだがなとシオンは思ったけれど、院長からすれば不安になるのかもしれない。

(これは明日は大人しく少し遅めに行こう)

 また心配されては困るのでシオンはサンゴたちが迎えにくるのを待つことにした。

   ***

 孤児院の広い庭で子供たちが駆けまわっている。遊具で遊ぶ子や、かけっこをしている子、ボール遊びをしている子とその様子は元気良さそうだ。シオンは庭が見える軒先のベンチに腰を下ろして子供たちに御伽噺を聞かせていた。

 シオンの話す御伽噺を気に入っているのは幼い女の子たちで、特に人気なのが白雪姫とシンデレラの話だ。王子様と結ばれるというのは彼女たちにとって夢があって良いらしい。茨姫やラプンツェルなどの話もするけれど、白雪姫とシンデレラの話には敵わない。

「シンデレラが羨ましい! あたしも王子様みたいな人と出会いたい!」
「わたしも!」

 猫や犬の獣人の女の子たちがわいわいと話す。物語に登場する王子様を彼女たちは気に入っているようだ。確かにこんなふうに愛してくれる人というのは早々いないので、夢見てしまう気持ちは分からなくもなかった。

「王子様って何よ」

 話を聞いていたエルフの少女が眉を寄せながら問う、王子様が何なのよと。どうやらこの子は御伽噺を聞いても王子様の良さがいまいち分からなかったようだ。

「少ししか会ってないじゃん」
「うーん、そこを突かれると……」

 シオンはどう説明するかと頭を悩ませる。一目惚れというのもあるんだよと伝えてみるけれど、エルフの少女は「顔だけで選んでいるんだ」と言い返されてしまった。そういう捉え方もあるよなと思わず納得してしまう。

「王子様って例えば何をしてくれるの?」
「うーん、物語の王子様はいざって時に助けてくれたりするかな」

 危機的状態の時に颯爽と現れて助けてくるというのが物語ではよくある。そう答えると「王子様って偉い人なのに?」と返された。そこでシオンは王子様という言葉が悪いのかなと言い方を変える。

「現実だと王子様って偉い人だから滅多に会えないけど、自分の中でヒーローだと思う人って現れると思うんだよね」

 自分のことを大切に想ってくれて、時に助けてくれる存在、ヒーロー的な人というのは現れるのではないか。そうシオンが言うとエルフの少女はうーんと考える。

「そういった存在のことを王子様って言うこともあるよ」
「じゃあ、わたしにもヒーローって現れるのかな?」

 王子様には会えないけれど、自分を助けてくれるヒーローには会えるかもしれないとシオンは答える。シオンはないとは言い切れないと思っていた、この世に絶対なんてないと。だから、ヒーローは現れるかもしれないと聞いて、エルフの少女は「それなら会ってみたいな」とはにかんだ。

「おねえちゃんにはいるの?」
「え、あたし? うーん、どうだろう?」
「シオンちゃんにはいるわよねぇ」

 話を聞いていたサンゴがにこにこしながら答える。何を言っているのだとシオンが首を傾げると、「アデルさんがいるじゃん」と言われた。

「アデルさんなら駆け付けてくれるわよ」
「それは仕事だからじゃない?」

 もし、事件に巻き込まれてアデルバートが駆け付けたとしても、ガルディアに勤務しているのだから当然のことなのだ。なので、それは仕事なら普通のことなのではとシオンは指摘すると、サンゴは「夢がない」と頬を膨らませた。

「シオンちゃんさー、もう少しアデルさんやガロードさんを見てみたら?」
「何、突然」
「だって、せっかくフラグが立ってるのに掴まないんだもの!」

 二人とも絶対にシオンに気があるはずだとサンゴは主張する。ガロードはともかくアデルバートはどうなのだろうかとシオンは疑問に思った。彼からそういった態度をされたような気はしないのだがと思い出すように腕を組むと、「鈍感って罪よね」とサンゴに呆れられてしまう。

 鈍感ってなんだとシオンはむっとするも、勘が鋭いかと問われると微妙なので言い返すことはできなかった。

「まぁ、本人が気づかないと意味がないんだけど」
「気づくって……」

 気づけと言われても自分はまだよく分かっていないのだ。アデルバートのことも、ガロードのことも。好きか嫌いかならば好きなのだけれど、それが恋情かは分からない。これが鈍感だと言われるならばその通りだなとシオンは苦笑する。

「おねえちゃんなら大丈夫だよ」
「そうそう、おねえちゃん優しいから!」

 優しいおねえちゃんならきっと素敵な人が現れるよと子供たちに言われて、シオンはそうかなぁと頬を掻く。

「あれ、ガロードさんじゃない?」
「え?」

 サンゴが孤児院の門を指さしたのでシオンも見てみると、ガロードが周囲を見渡しながら敷地に入ってきていた。何かあったのかとシオンはベンチから立ち上がると、彼は「シオンさん」とぱっと表情を明るくさせながら駆け寄ってくる。

「ガロードさん、どうしたんですか?」
「女将さんから頼まれごとをしましてね。院長さんはいらっしゃいますか?」

 シオンは院内にいるはずとガロードを案内する。子供たちの描いた絵や工作が飾られている玄関から「院長ー」と呼べば、奥の部屋から少し年を取った熊の獣人男性がやってきた。彼はこの孤児院の院長のスヴェートだ。ガロードに気づいてか、「あのことかね?」と話しかけてくる。

「はい。女将さんがお弁当の準備は大丈夫だと言っています」
「そうか、それはよかった」
「お弁当?」

 何のことだろうかとシオンが首を傾げると、スヴェート院長が「たまには子供たちにもっと美味しいものを食べさせたいと思ってね」と話す。どうやら、たまには子供たちに外食をさせてあげたくなったが、子供の人数上それが難しいくどうしたものかと知人である民宿の女将に相談したら、「うちでお弁当を作ってあげよう」と提案されたのだという。

 その打ち合わせでガロードは訪ねてきたようで、「こっちは問題と女将さんが言ってました」と伝言を伝えていた。それを聞いたスヴェート院長は「ならそのままお願いしますと伝えてくれ」と返していた。

「では、そう伝えておきます」
「よろしく頼むよ」

 子供たちも喜んでくれるさと嬉しそうにしているスヴェート院長にシオンも同意するように頷いた。きっと、楽しんでくれるだろうなと。

 院内から出ると子供たちが「おねえちゃん!」と駆け寄ってくる。ガロードが傍にいることに気づいて、人見知りのようにシオンの背に隠れてしまう。

「ガロードさんは悪い人じゃないよー」
「男の人、こわい」
「おや、嫌われてしまいましたかね」

 ガロードは困ったように眉を下げる。シオンは「ごめんなさい、悪気はないんですよ!」と慌てて説明する。この孤児院にいる子は紆余曲折あってここにたどり着いている。中には父親に虐待を受けていた子もいるので、そのせいで男性に恐怖心を抱いている場合があるのだ。それを聞いて「それは仕方ないですね」とガロードは納得したようだ。

「おにーさんだれー?」
「あ、ミーニャン」

 ひょこっと顔を覗かせてきたのは猫の獣人のミーニャンだ。彼女はガロードに恐怖心を抱いていないようで純粋な瞳を向けている。そんな様子にガロードは目線を合わせるようにしゃがんで自己紹介をしていた。

「ミーニャンちゃんは元気だね」
「うん、元気だよ! おにいさん背が高いね! 肩車してー!」
「こら、ミーニャン!」
「大丈夫ですよ」

 ガロードは「少し時間ありますから」と微笑んでミーニャンを肩車した。その高さに彼女は「すっごーい! たっかーい!」とはしゃいでいる。それを見ていた子供たちが「いいなー」と羨ましげだ。

「ガロードさんって子供好きなんですか?」
「えぇ、好きですよ。純粋なところとか」

 元気で純粋なところは見ていて飽きないとガロードは答える。確かにそこは子供の良さだよなとシオンも思った。成長していくにつれて純粋な部分というのは大人になってしまうから。

「子供好きってちょっと好感度上がるわよね」

 サンゴはぼそりと呟いてミーニャンと遊ぶガロードへ目を向けた。ミーニャンはきゃっきゃと嬉しそうで、彼の傍には自分も肩車してほしいと子供たちが集まっている。印象というのは悪くはないのでサンゴの言いたいことは分からなくもなかった。

「わたしもー」
「はいはい、順番ですよー」

 わいわいと騒ぐ子供たちに優しく声を掛けるガロードをシオンはそんな一面もあるんだなと眺めていた。

   ***

 シオンはアデルバートに血を渡すために彼の家を訪れていた。ソファに座って果実水を飲むのも採血もすっかりと日常の一つとなっている。暫く経つがまだアデルバートの欲求というのは治まっていないらしい。大変なことをしてしまったなとシオンはなんとも申し訳なくなる。

「シオンは何も変わりがないか?」
「え? 特に何かあったってことはないけど?」

 隣に座ってきたアデルバートの問いにシオンはここ最近の事を思い出してみるけれど、これといって何かあったということはなかった。強いていうならば迷い込んできたブラックウルフに襲われたことだろうかと答える。

「あぁ、通報があった。巡回を強化しているから大丈夫だとは思うが、気を付けてくれ」
「うん、わかった」

 ガロードが通報したんだろうなとシオンは果実水を飲みながら返事を返すと、アデルバートは何か言いたげな顔をしていた。なんだろうかと気になったシオンは「どうしたの?」と聞いてみると、「いや……」と濁される。

「何かあった?」
「そういうわけではないのだが……」
「なら、どうしたのさ?」
「……彼とは二人で出かけていたのかと」

 ぼそりと呟かれる言葉にシオンは目を瞬かせと、アデルバートに「いや、気にしないでくれ」と言われてしまう。気にしないでくれというのが無理な話ではとシオンは思いながら彼を見つめる。

 アデルバートはなんとも難しげな表情をしていて何を考えているのか読めない。聞いてみてもいいのだが、相手が気にしないでくれと言っているのでそのほうがいいのかもしれないなと、シオンはそれ以上を問うことはしなかった。

「孤児院では変わりないだろうか?」
「うん、大丈夫。ミーニャンがたまに外に出ようとするぐらいだよ」

 ミーニャンは外に出て遊びたがる。たまに公園などに連れていくけれど、それでも足りないらしいく脱走を試みることがある。本人はただ遊びに出かけたいつもりなのだが、こちら側としては危ない目に合う可能性を考えると止めてもらいたい。

 アデルバートはミーニャンのことを覚えていたようで「あの子は大変だろうな」とシオンの苦労を察してくれた。

「子供たちの相手というのは体力を使うだろう」
「使うけど、御伽噺を聞かせてる時は大丈夫かなぁ。みんな好きなんだよね」

 王子様と恋に落ちて幸せになるという物語を女の子たちは気に入っていた。そういった話を好きになる気持ちというのは分かる。夢があって、自分にもそういった存在が現れたらなと思ってしまうことも。

「エルフの女の子がいるんだけど、その子に王子様ってどんな人なのっていうのを説明してたんだ。時に助けてくれるヒーローみたいな人だよって話してたらさ、おねえちゃんにはそんな人いるのって聞かれちゃってさー」

 説明している手前、子供たちの夢を壊すことはしたくなかったけど答えられなかったなぁとシオンが笑えば、アデルバートはふむと顎に手をやった。

「シオンは伝達魔法を教わったか?」
「まだ、教わってないけど……」

 伝達魔法をシオンは教わっていない。それは比較的、簡単とはいえまだまだ素人のシオンでは難しいだろうからとリベルトが判断したからだ。そう伝えれば、アデルバートは「なら」と立ち上がって奥の部屋へと入っていき、少しして何か持って戻ってきた。

 それはネックレスだった。ゴシック調の蝶々の飾りがついていて可愛らしいそれにシオンが「なにこれ」と問えば、「魔具だ」とアデルバートは教えてくれた。

 魔法がすでに付与されている道具のことを魔具というらしい。魔法が苦手な人間などが主に使うもので、これだけで魔法が使えるとのこと。このネックレスには伝達魔法が付与されていて、飾りの蝶々部分を握って伝えたことを念じれば相手に伝達することができるようになっているとアデルバートは話す。

「え、握ってるだけでいいの?」
「あぁ、それだけでいい。魔法が得意ではないシオンでもできるはずだ」

 試してみるといいと言われてシオンはネックレスの蝶々部分を握ってみる。何を念じればと拳を見つめていると、ぽっと淡い光が指の隙間から零れて、蝶々の姿に変わりひらひらとアデルバートの元へと飛んでいった。

「今、念じてないけど……」
「誰かのもとに行くかを決めていたから反応したのだろうな。内容は全く書かれていない」
「そうなんだ。で、これをどうするの?」
「シオンに渡しておく。何かあれば俺にすぐに知らせてくれ」

 上手く念じることができなくともその魔具には位置を知らせる魔法も付与されているので、発動さえすれば問題なく伝わるとアデルバートに言われてシオンはほうとネックレスを見る。便利な道具もあるものだなとシオンが思いながら、「貰っていいの?」と問うと、「持っていてくれ」と返される。

「シオンに何かあれば俺が助けよう」
「危機感なさそうに見える?」
「まぁ、そこまでとは言わないが……」

 そのお人好しさは心配になると言われてシオンはそれはそうかもしれないと、今までの自分の行動を思い出して納得してしまった。それに何かないとは言い切れないのだから、持っていて損はないのでシオンは有難く受け取っておくことにした。

「ネックレスならばいつでも身につけれいられるだろう」
「そうだね、邪魔にはならないかな。ありがとう、アデルさん」

 シオンはさっそくつけてみようとネックレスを首に通した。首元に違和感はなくてこれなら常につけてても問題ないなとシオンはうんと頷く。ふと、ネックレスをつけた様子をアデルバートはじっと見つめていることに気づく。

「何?」
「……よく似合っているなと」
「そうかな?」
「あぁ、可愛らしい」
「か、かわっ!」

 アデルバートに可愛らしいと言われてシオンは動揺する。言葉に慣れていないというのもあるのだが、何故だか彼に言われたという事実に胸が鳴った。そんなシオンの様子に気づいているのか、いないのか、アデルバートはどこか嬉しそうな瞳を向けている。

 なんだ、その目はとシオンは顔に熱が集まってくるのを感じながらもそれを隠すように果実水の入ったグラスに口をつけた。

「シオン」
「な、なに?」
「何かあれば必ず知らせてくれ」

 どんな些細なことでも悩みであってもいい、知らせてくれれば手を貸そう、助けよう。アデルバートは優しくけれど、はっきりと言った。

 力強く感じるその言葉にシオンは少しばかり目を開くも、アデルバートのいつの間に真剣な色に変わった瞳を見て「わかった」と頷くしかない。その返事に安心してかいつもの表情へと戻っていくアデルバートからシオンは目が離せなかった。何故だか、不思議と。

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