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ヴァンパイアらばぁあ!―魔界に堕ちて恋を知る― 十三話

十三.第八章③:魔界に堕ちた少女は恋を知った

「え、お前、口滑らしたの!」

 ガルディアの魔物対策課の部署、デスクで書類整理をしていたバッカスは顔を上げる。隣ではアデルバートが両肘をつきながら俯いていた。頷く様子に彼が何をしたのか理解したバッカスは「アホか」と突っ込む。

「お前、あの場で告白してどーすんの」
「するつもりはなかった。あれはつい、口に出てしまったんだ」

 ガロードを拘束し、少し油断していたのかもしれない。シオンが無事で安堵して、話の流れでつい口に出していた。本来ならばもっと警戒していなければいけないというのに、ここまで自分が抜けているとは思わなかったのだとアデルバートは話す。

 抜けているというよりかは、シオンが傍にいたからではないだろうかとバッカスは思った。彼女の事が好きなのだから傍に居れば楽になることもあるだろうし、無事だったことに安堵して気が抜けてしまうことだってあるはずだ。

 普段のアデルバートはそういった油断はしないので、シオン限定ではないだろうかとバッカスは指摘する。それはそれでどうなんだとアデルバートは言いたげな目を向けてきたが、実際にそうなのだから文句は言えない。

 ガロードを捕まえたあの日、シオンから事情を聞いて義父のリベルト神父が迎えに来るまでの間、会話という会話はできていない。それから事件の後処理などで彼女とは会えていなかった。

「あー、あの事件の後処理には手間取ったしなぁ」

「連続吸血殺人だからな。各部署への報告に犯人を監獄へと送る手続きなどで随分と時間がかかった。一応、リベルト神父には事件の報告などで連絡は取ったが……」

「シオンちゃんとはまだと……。で、次の採血の日っていつよ」
「……今日、予定している」

 リベルトに事件の報告の連絡をする時に採血の日を伝えてもらっていた。シオンからは了承が出ているということなので、今日の夕方に会いに行くことになっている。だからこそ、どうしたものかと悩んでいたのだ、アデルバートは。

 そんなことを言われても「素直にもう一度、告白してこい」としかバッカスには言えなかった。シオンのことを大切な存在として、愛しているからこそ、守りたいのは本当なのだから。

「あのまま会話無しだとシオンちゃん、混乱してると思うだろうし」
「それはそうだ……」
「気持ちをちゃんと伝えればいいんだよ。嘘じゃないんだから」

 その気持ちは本心からなのだから、ちゃんと伝えればいい。彼女ならちゃんと聞いてくれるだろうし、考えてくれるとバッカスに言われて、シオンならばそうだろうなとアデルバートも思った。彼女ならば真剣に考えてくれるだろうなと。

「まー、頑張れ」
「……あぁ」

 ばんばんと肩を叩かれてアデルバートは少しばかり不安げな声で返事を返してしまう。それにシオンの答えが怖いのだろうなと気づいて、アデルバートははぁと小さく息を吐いた。

    ***

 街から少し外れた場所にある教会は夕暮れ時になると静かだ。人の姿などなく、少しだけ寂しげに見える。シオンは門前で番犬たちを撫でながらアデルバートを待っていた。

 そろそろ約束の時間かなとシオンが思っていると番犬たちの目線が変わる。振り返ればアデルバートが歩いていて、時間を確認してみればぴったりだった。やっぱり、時間通りだよなぁとシオンは感心しながら立ち上がると、彼の元へと駆けていく。

「アデルさん、数日振り」
「あぁ、シオンは大丈夫だろうか?」
「え? うーん、大丈夫だけど」
「……そうか」
「あ! いや、まぁ、怖い思いはしたけど、もう解決したことだし! だから大丈夫!」

 ガロードに襲われた時は恐怖があった。死ぬかもしれないと怯えたけれど、事件は解決している。監獄に送られて罰が下るのだから、もう自分に被害が及ぶことはなくて、あとは任せればいい。まだ怖くないかと問われると、少し怖いとは思うけれど一人ではないから大丈夫なのだとシオンは話す。

「サンゴもカルビィンもいるし、リベルトお義父さんもいるし。あぁ、でもお義父さん、結構心配してたんだよね」

 何度も巻き込まれているシオンのことをリベルトは心配しているようだ。孤児院から帰宅する時なんて一人で帰ることを禁止されてしまい、サンゴとカルビィンに「自分たちが送っていくよ」と手間を取らせてしまっている。

 サンゴとカルビィンは手間とは思っていないらしいけれど、それでも申し訳ないなと思ってしまうのだとシオンは眉を下げた。

「採血の日はアデルさんが送迎してくれるからお義父さん安心してるけど」
「シオンを一人で帰らせるわけにはいかないからな」
「まぁ、危機感ないっていうのはその……否定できないから皆に感謝してるけど……」
「シオンは採血が怖くないか?」

 アデルバートの問いにシオンは目を瞬かせながら彼を見つめると、どこか不安げな表情をしていた。何をそんなに不安に思っているんだろうか、シオンは考えて思いつく。

「えっと、アデルさん。あたし、採血を怖いと思ったことないよ」

 もともと、血の提供してしまったのは自分自身なのだ。それで血の欲求を発動させてしまったのだから、恐怖して逃げるなんて無責任すぎるだろう。それにアデルバートに血を提供することを怖いと思ったことはなかった。

「アデルさんに怖い印象とか全くなかったし、優しくて気遣いができて、しっかりとしているから別に採血するの怖くないんだ」

「それは……」
「悪い吸血鬼がいるなら、善い吸血鬼もいると思うんだよね。悪事に手を染めてしまうなんて人間でもいるんだから、種族だからとか関係ないんだよ」

 人間だって犯罪に手を染めることをするのだから、吸血鬼にだってそういった行為を犯す者も出てくる。だからといってその種族全体がそういった奴なんだと思うことはしない。周囲の印象が悪くなってしまうのはあることだろうけれど、少なくとも自分はそうはしないとシオンは答える。

「アデルさんはアデルさんだよ。だから、怖くないし。てか、むしろあたしでいいのかって思う」

 もう少し危機感のある人間のほうが良かったかもしれないとシオンが口にすれば、アデルバートに「そんなことはない」と返される。

「シオンは危機感が薄い部類の人間ではあるのは確かだ、それは否定できない。お人好しだとも思う」
「それ、何度も言われてる」
「何度も言いたくなるぐらいにはお人好しだからな。だが、そこもシオンの良さだ」

 困っている人を放っておけないお人好し、それはシオンの優しさを表している。誰かを信じるという想いも、素直に気持ちを伝えることもシオンの良さだとアデルバートは言う。

「その温かさというのに惹かれる魔族は多い。俺もそうだ」

 守りたいと思うほどに惹かれてしまう。ぽつりと呟かれた言葉にシオンは「あのさ」と頬を掻いた。

「だからって、傷つく姿が見たいわけじゃないんだよ? まぁ、ガルディアに勤務している以上は仕方ないんだろうけどね」
「……シオン」
「まー、そういうところも好きなんだろうなぁ」

 シオンの言葉にアデルバートは少しばかり目を開いた。そんな彼の様子にシオンは「えっとね」と言葉を続ける。

「あれって素からでた告白だよね?」

 あれとはきっとガロードを拘束した時に口を滑らしたことを言っているのだろうと、察したのかアデルバート素直に頷いた。シオンはその返事に「そうだよね」と返す。

「あれ、結構というか、かなり驚いたんだけどさ……」
「すまない……シオンが無事で安堵して……口を滑らした」
「いや、謝らなくてもいいんだけど……で、それって今も変わらない?」

 シオンの問いにアデルバートはまた頷く。それを確認してからシオンは覚悟を決めたように小さく息を吐いた。

「考えたんだよね、答え」

   *

「え! アデルさんに告白されたの!」

 教会の前でシオンはサンゴとカルビィンにこの前のことを話した。多分、アデルバートは言うつもりがあったわけではなく、つい口に出してしまったのだろうことを。それを聞いてしまったシオンはどうすればいいのかと二人に相談したのだ。

 つい口に出してしまった言葉とはいえ、告白であることは間違いない。返事とかするべきだろうかと悩むシオンにサンゴは「シオンちゃん」と呼ぶ。

「シオンちゃんはアデルさんのことどう思っているの?」
「えっと、好きかな」
「それ、本人に言えるぐらいに好き?」

 サンゴの問いにシオンは首を傾げる。好きだったとしても恥ずかしくて、あるいは関係を崩したくなくて言えないということもあるはずだ。そう返してみると、「じゃあ、アデルさんに問われたら答えられる?」と問い返される。

 本人から聞かれたら自分はどう答えられるだろうかと考えて、言葉にできるなとシオンは思った。

「言える」
「なら、それが答えよ」
「え?」
「告白してきた本人から問われるってことはね、友人として好きとは違う答えを聞いているの。それぐらいシオンちゃんは理解できるでしょ?」

 告白してきた本人から「好きか」と問われる。相手がどういった意味で質問しているのか、分からないほどシオンも鈍感ではない。それなのに言葉にできると思ったのならば、それが自分自身の答えだとサンゴは断言する。

「シオンちゃんさ、アデルさんのこと好きなのよ」
「……うー」
「シオン。それ否定できないってことはもう答えだからね?」

 友人として好きなのだと否定できないというのならば、それはもう答えだとカルビィンは言う。二人に指摘されてシオンはそうなのだろうかと考えてみた。

 ちょっと心配症な気がしなくもないけれど、そこは彼の優しさで。人間が魔族に劣るのを理解した上でそれでも決めつけることなく接してくれる。隠し事ができないのか素直に言葉にしてくれるところは彼なりの気遣いから出るところ。

 好きなのだ、そんなところが。そう気づいて、自分ってどうしてこんなにも鈍感だったんだろうかと呆れてしまった。

「シオンちゃんは自信もってその気持ちを伝えなさい!」

 絶対に伝わるからとサンゴに言われて、カルビィンに「大丈夫だよ」と励まされてシオンは答えを出した。

   *

「気づいてみるとさ、さっきの話とか聞いてそういうところも好きなんだよなぁって思ったんだよね。だから、あたしはアデルさんのこと好きなんだよ」

 少し照れたようにけれどはっきりとシオンは伝える、好きなのだと。言ったはいいが不安がないわけではないのでアデルバートの様子を見てみると、彼は暫く固まったのちに口元を押さえた。

 なんというか、嚙みしめているようなそんな態度にシオンが「大丈夫?」と聞いてみると、「だいぶ持ってかれた」と返される。何がとシオンは疑問に思ったけれど、彼の安堵したような、嬉しそうな表情に聞くのはやめておくことにした。

「えーっと、こういう時ってどうすればいいんだろうね?」
「交際してくれないだろうか」
「あ、そうか。えっと、よろしくお願いします?」

 これでいいんだっけとシオンが小首を傾げると、アデルバートが一瞬また固まるも、「あぁ」と返事が返された。

「おめでとう、シオンちゃん!」
「こら、サンゴ! 隠れてる意味がないだろ!」

 教会の外壁の裏からサンゴが「だって、黙ってられないわよ!」と言いながら出てきた。それを止めるカルビィンだが、シオンに何事かと見られて「ごめんね?」と頭を掻いた。

「サンゴが見守りたいとか言うから……」
「ずっといたの!」
「いたわよ! おめでとう、シオンちゃん!」

 よかったわとサンゴはシオンに抱き着きながら喜んでいた。喜びすぎて泣いていて「そこまで!」と思わず突っ込んでしまう。

「シオンは知っていたわけではないのか?」
「知らなかったよ?」
「知っていたのかと思ったが……」
「え、二人に気づいていた!」
「あぁ」

 気配がしていたのに気づいていたが、シオンが不安で付き添ってもらっていたのかと思って黙っていたのだとアデルバートは話した。気づかれていたことにカルビィンが「気づくよね、うん」と、ガルディアに勤務しているのだから気づかないわけないかと納得する。

 気づかれていようといなかろうとそんなものは関係ないとサンゴは、「ワタシたちが見届けたから大丈夫よ!」と拳を握る。

「告白が成功したなら次はリベルト神父に報告よね!」
「いや、それは……」
「大丈夫よ! ワタシたちも説得するから!」

 何が大丈夫なのだろうかとシオンは思ったけれど、自信満々なサンゴの様子に突っ込むことができない。カルビィンは暴走気味な彼女にお手上げといった表情をみせていた。

「いや、もう知られていると思うが」
「え?」
「え?」

 アデルバートの言葉にシオンとサンゴが首を傾げると、ふいと背後を指さされた。振り返ってみるとそこにはリベルトが立っている、何故かハンカチで目元を押さえながら。

 どうやら、リベルトもこっそりと様子を窺っていたようだ。アデルバートはその気配にも気づいていたようで、「これも知らなかったのか」と少し驚いていた。

「なんで! なんで!」
「血が繋がってなくともお前の父だからね。心配になるだろう」
「いや、そうかもしれないけど……」
「お前を拾ってからこの魔界で生きていけるか不安だったけれど、もう大丈夫なんだろうね」

 知らない世界で生きていく不安も恐怖もあっただろうに、サンゴやカルビィンと友人になり、魔族やこの世界の人間に偏見を持つこともなかった。優しい心で接していき、信頼できる存在に出会うことができた。リベルトは目元をハンカチで拭うと優しく微笑んだ。

「アデルバート殿が傍に居れば大丈夫だろう」
「お義父さん……」
「リベルト神父」
「なんだろうか、アデルバート殿」
「シオンを大切にすることを誓う」

 彼女を愛していることに嘘はつかず、傍にいることを誓うとアデルバートはリベルトに告げる。はっきりと、強く、迷いなく。

 その誓いにリベルトは目を閉じてゆっくりと瞼を上げると頷いた。

「娘を頼むよ」

 まだ日が浅いと言われればその通りで、父親面するのはどうなのかと自分でも思う。父親らしいことをできているかもわからないけれど、それでもシオンは自分の娘と想っている。だから、君に任せようとリベルトは彼の誓いを受け止めた。

 友人に、魔界でできた新しい父にシオンは祝福を受けて、アデルバートと想いを繋いだ。

   ***

「ワタシも恋がしたいぃぃぃ」

 教会前の掃き掃除をしているシオンはこれで何回目だろうかと思う。サンゴとカルビィンがいつものようにやってきたのだが、この流れはいつものことだった。

 夢見る少女であるサンゴは恋に幻想とまでは言わずとも憧れを持っている。なので、恋愛ものの演劇や小説なんかを観たり読んだり、聞いたりすると「自分も恋をしてみたい」と口にするのだ。

 これにはもう慣れてしまっているシオンとカルビィンは変な返事をしない。余計に暴走してしまうのを知っているからだ。なので、黙って話を聞き流すようにしている。

「シオンちゃんが羨ましい」
「そう言われても困るよ、サンゴ」
「そうだよ、サンゴ」
「カルビィンだって恋したくないの!」
「僕に振らないで!」

 カルビィンに「僕はそういうの不得意だから」と言われて、サンゴは「そんなんじゃだめよ!」と詰め寄っていく。あぁ、これはカルビィンが犠牲になるなとシオンは手を合わせた。

「そこで手を合わせないで助けて、シオン!」
「無理」

 サンゴの恋愛講座から助けるなど不可能だ。夢見る少女だぞ、暴走して早口になる彼女から逃れることなど、そんな隙を与えてくれるとは思わない。短い付き合いではあるけれどそれをシオンは身をもって味わっている。

 申し訳ないけれど無理ですとシオンは「諦めるんだ、カルビィン」と言葉をかけた。そんなシオンに「僕のことよりシオンにアドバイスもらったらどう!」とカルビィンが話を逸らすように投げた。

 あ、こっちにボール投げてきたぞとシオンが逃げようとすれば、サンゴが「確かに」と頷いて肩を掴んできた。

「どうやってアデルさん捕まえたの!」
「いや、どうって言われても……ただ、普通に接しただけで……」
「シオンの誰に対しても変わらない接し方とか、お人好しな優しさとかに惹かれたんだろうなぁ」

 その温かさというのは魔族にとっては惹かれるものだとカルビィンは言う。サンゴもそれには納得のようで、「そこはシオンちゃんにしかできないわよねぇ」と頷いていた。

「サンゴ、そもそも出会いがないんじゃない?」
「確かに……」
「えーと、サンゴって結構良いところのお嬢様なんだし、お見合い相手とかいたりしないの?」
「お見合いよりも自分で出会いたいわよ、シオンちゃん」
「うーん、夢見る少女だ」

 運命の人と出会えると思っているような瞳にシオンとカルビィンは黙って顔を見合わせる。そんな二人の態度にサンゴはむっと頬を膨らませた。

 運命というのを否定はしないけれど、そう簡単に出会えるものではないとシオンは思っている。自分で考えて行動して、言葉にして掴むものではないだろうか。そう言ってみるとサンゴは「それはそうかも」と眉を下げた。

「行動しないことには出会いなんて来ないわよねぇ」
「そうそう。でも無茶なことは駄目だよ、ちゃんと考えて行動しなきゃ。シオンはアデルさんだったからよかっただけなんだから」
「それに関してほんと、何も言えない」

 魔界から落ちた人間が血を提供するなんて危険な行為をして無事だったのは、アデルバートだったからだ。そうじゃなければ今頃、どうなっていたか分からない。流石にもうそんなことはしないけれど、シオンは自分って危機感無いなと何度聞いても反省してしまう。

「行動って難しいわね……」
「焦っても仕方ないし、出会いって転がってくるかもしれないから気長に待ってみようよ」
「カルビィンの言う通りだよ、サンゴ。焦っても意味ないって」

 カルビィンとシオンにそう諭されてサンゴはうーんと眉を下げる。けれど、二人の言っていることも分かるようで「そうね」と肩を落とした。まだまだ恋は遠いとサンゴは残念そうにしている。

 一先ずはサンゴの恋愛話を止めることができたようで、カルビィンとシオンは小さく息をつく。

「そうだ。シオンって今日は採血の日だっけ?」
「そうだよ。もうすぐじゃないかな」

 時計を確認してみればもうすぐ待ち合わせの時間だった。アデルバートは時間ぴったりにやってくるのでもうすぐだろうと聞いて、カルビィンとサンゴが門のほうに目を向ける。

 数分して番犬が立ち上がり尻尾を振りだして、アデルバートが教会の敷地に入ってきた。時計を見遣れば時間ぴったりで、「これ、真似できないわよ」とサンゴが突っ込んだ。

「遅刻とかしないの凄いわよ」
「僕には無理」
「何がだろうか?」
「いつも時間ぴったりだよねって話をしてただけだよ」

 気にしないでとシオンが返せば、アデルバートはそうかと二人を眺めながら頷く。何か話をしていたのだろうといった少しばかりの遠慮を感じられて、シオンは「大丈夫だよ」と笑う。

「いつも、二人とはこうやって話してるだけだし」
「今日は孤児院のお手伝いお休みだからねぇ」
「そんなことはいいのよ! さぁさぁ! シオンちゃんはさっさとアデルさんと一緒にいってらっしゃい!」

 そのままデートしてこいというサンゴに「アデルさんこの後、仕事なんだけど」と、言い返そうとしてアデルバートがそうかと何か考えるように腕を組んだ。

「そういうこともできるのか」
「今、気づいたみたいな反応しなくていいと思うよ?」
「今日は無理だが、考えてみよう」
「えっと、うん」

 いろいろ突っ込みたいことはあったけれど、デートは嬉しいのでシオンは大人しく返事をしておいた。そうやって騒がしくしていると「時間は大丈夫なのかい?」と自宅のほうからリベルトがやってきた。

 今日はアデルバートの仕事の休憩時間を利用して採血をするのだ。仕事に遅れては困るのでシオンは慌ててアデルバートの袖を掴む。

「そうだ! 急ごう!」
「迷惑かけないように」
「わかってるよ、お義父さん! じゃあ、いってくる!」

 袖を引いて歩き出すシオンに引っ張られながらもアデルバートはリベルトに挨拶をして教会を出た。

 教会を出て少し進むと馬車が止まっていることがあるので、それに乗れれば早くアデルバートの自宅に着くことができるだろう。早足になるシオンにアデルバートは「慌てなくていい」と声をかける。

「でも、遅れたら……」
「契約は上司に報告済みだ。時間の猶予も貰っているので問題はない」
「それなら……いいのかな?」

 アデルバートが大丈夫だというなら大丈夫なのだろうとシオンはいつものように歩く。掴んでいた袖を離すとアデルバートに手を握られた。

「……流れるように握ってる」
「嫌か?」
「嫌じゃないよ」

 嫌じゃないというか好きだとは思ったけれど気恥ずかしくて口にはできず、けれどシオンはその手を握り返した。それだけで伝わっていることを彼女は知らないが。

 こうやって手を繋いでいると恋人になったんだなと実感する。関係ががらりと変わったということはなく、かといって今までと同じということでもない。手を繋いだりとか、一緒に遊んだりとか、二人だけの時間というのは増えた。

 死ぬ前にいた世界では体験できないことを自分は経験しているんだなとシオンは感じた。魔族と友人になったり、襲われそうになったり危険な目にも遭ったけれど、魔界での過ごし方を知れた。

 恋というのも魔界に堕ちて知れたのだとシオンは思う。

「どうした、シオン」
「ここに堕ちてきてよかったなぁって」

 最初はどうなるかと思ったけれどサンゴやカルビィンという友人ができて、魔界という世界を観れて、恋を知れたことが嬉しかった。だから、ここに堕ちてよかったなとシオンは微笑む。

「あたしが運良いだけかもしれないけどさ」
「シオン」
「何?」
「そう思う気持ちを守るために俺は傍にいよう」

 ぎゅっと握られる手にシオンはまた告白されたのだなとアデルバートを見遣る。彼の真剣な瞳と目が合ってシオンは頷いた。

「一緒にいようね」
「あぁ」

 優しく誓うように二人は言葉を返した。

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