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ヴァンパイアらばぁあ!―魔界に堕ちて恋を知る― 十二話

十二.第八章②:愛しているから守りたかった

 雲一つない晴天、穏やかな風が吹く。良い天気にこれは遠足日和だなとシオンは空を見上げて思った。シオンは孤児院の子供たちを引率して森林公園へとやってきている。

 緑豊かな森林が遠くに見え、手入れのされた芝生の上では子供たちが駆けっこをして遊んでいた。今は皆で昼食を食べ終えて子供たちを遊ばせているところだ。シオンだけでなく、サンゴやカルビィン、他の孤児院のスタッフ、院長も一緒だ。

 その中にガロードもいた。お弁当を用意してくれた民宿の女将に「あんたも手伝ってきな」と言われたのだという。人手が多いのは有難いことなので、彼にも手伝ってもらっている。

 ガロードは背も高く力もあるからなのか、子供たちから肩車などをせがまれていた。彼は嫌な顔せずに子供たちをおぶっては遊んでいて、子供好きなんだろうなと見ていて感じる。

「シオンお姉ちゃん、あたし人魚姫の話、嫌い!」

 シオンは集まってきた女の子たちに自分がいた世界での御伽噺を話していたのだが、一つの話に子供たちが眉を下げる。それは人魚姫の物語、バッドエンドで終わるその御伽噺を女の子たちは気に入らなかったようだ。

「なんで泡になって消えちゃうの! 幸せにならないの!」
「うーん、そればっかりは作者に聞かないと分かんないかなぁ……」
「この物語を考えた作家さん、歪んでない?」

 傍で話を聞いていたサンゴが突っ込む。彼女は物語に登場する人魚と同じ種族なので、なんとも言えない気分になったようだ。シオンが「ごめんね」と謝ると、サンゴは気にしているわけではないようで、「大丈夫よ」と笑う。

「サンゴお姉ちゃんは泡になって消えちゃうの?」
「消えないから安心してね」

 サンゴが答えれば子供たちは安堵したように息をつく。そうか、子供だから信じてしまうかもしれないのかとシオンは気づいて、「これは物語だから本当になるとは限らないんだよ」と教えた。

「うーん、でも、この話は嫌! 幸せじゃないもん!」
「そうだね。やっぱり、シンデレラとか白雪姫のほうがいいかな」
「そっちのほうが夢があるものねぇ」

 シオンの提案にうんうんと頷くサンゴもハッピーエンドの話がいいようだ。

(本当のシンデレラと白雪姫の話はしないほうがいいね、これ)

 本来のシンデレラと白雪姫の物語は子供たちに聞かせたものとは少し違っている。子供向け絵本の内容をシオンは話しているだけで、本家の話はしていないのだ。サンゴや子供たちの反応にこれは黙っていようと思う。

「恋物語っていうのはやっぱり良いものよ!」
「サンゴが好きそうだもんね」
「好きってもんじゃないわよ!」

 恋というのは良いものなのよと語り出すサンゴにシオンはあぁ、これは長くなるぞと話を振ったことを後悔する。子供たちもその勢いに目を丸くさせているので止めなくてはと考えていると、カルビィンが「そろそろ帰る準備だってよー」と声をかけてきた。

 これはチャンスだとシオンは「ほら、みんな集めるよ」とサンゴの肩を叩いて話を止める。サンゴはむーっとしながらも子供たちに声をかけていた。よし、話を止められたぞとシオンは息をついて、集まってきた子供たちの点呼を取っていく。

「あれ、ミーニャンは?」
「え! いないの!」

 集まってきた子供たちをサンゴとスタッフたちで確認するも、ミーニャンの姿がない。カルビィンやガロードに「ミーニャンは?」と聞くも、二人とも見かけていないようだ。

 これはミーニャンの勝手に動き回る癖が出てしまったのか。あれだけ気にかけていたというのにとシオンが焦っていると、エルフの女性スタッフが「ごめんなさい、わたしが少し目を離した隙に」と涙目で謝罪する。

「つい、さっきまでは此処にいたの」
「じゃあ、まだ近くにいるかもしれない!」

 手分けして探そうというシオンに皆が賛成すると、ガロードが「じゃあ、ペアを決めましょう」と提案した。一人で探し回っては何かあった時に対応ができないので、二人一組になるのがいいと。

「私とシオンさんで森林のほうへ、サンゴさんとカルビィンさんで遊具のほうへと手分けしましょう」
「それでいこう」

 反対する人はおらず、スヴェート院長とスタッフがこの場に残り、あとのメンバーはミーニャンの捜索に行くことになった。まだ日暮れには遠いけれど、幼子一人で歩き回らせるのは危険だ。

 シオンはガロードの後を追うように森林のほうへと向かう。森林は途中まで遊歩道が通っているのだが、人の姿はほとんどない。陽が木々の枝葉から零れるが少しばかり薄暗くて静かだ。

 シオンが「ミーニャン」と呼ぶが返事はない。こっちには来ていないのだろうか、そう口にするとガロードが「森林の中に入ってしまったのでは」と話す。

「遊歩道を逸れれば簡単に奥へと入れますから、もしかしたら……」
「それはありえるかも……」
「少し、中に入って確認してみましょう」
「え、でも……」

 危ないのではとシオンが言おうとするもガロードは遊歩道から逸れて森林の中へと歩いていってしまう。彼を一人で行かせるわけにもいかず、シオンも着いていくことにした。

 森林の中は舗装されているわけでもないので足元には落ち葉が積もり、石ころが転がっていて足場が悪い。躓いて転ばないようにしながらシオンは周囲を見渡してみた。

 天気が良いというのに少しじめっとしている。さらに薄暗さを感じてどこか不気味さを覚えた。それでもミーニャンがいるかもしれないからと彼女の名前を呼ぶ。けれど、その声は森林の奥へ響くだけだ。

 ここにミーニャンはいるのだろうかとシオンは思った。いないという確証があるわけではないけれど、それに自分たちだけでこの森林の中を探すのは困難ではないかと。ガロードに一度、戻ることを提案しようとして前を向くと彼はいない。

 あれっと目を瞬かせるとふと、背後に気配を感じた。振り返るといつもと変わらず優しい表情のガロードがそこに立っていた。

「ガロード、さん?」

 だが、シオンは彼がいつもと違うように感じた。確かにいつもの優しい表情をしているのだが、どこか違和感がある。なんだろうかとじっと観察して気づいた――目が笑っていないのだ。

「おや、どうかしましたか、シオンさん」
「え、いや……ガロードさん、何かありましたか?」
「何かとは?」
「その……いつもと違うなって……」

 勘違いだったら申し訳ないけれどとシオンは感じたままを口にする。すると彼は目を少しばかり開いてからゆっくりと細めた。

「いえ、嬉しいもので」
「はぁ?」
「これほど、嬉しいことはないですよ」
「ミーニャンがいなくなったのに!」
「あぁ、あの娘なら大丈夫ですよ」

 淡々と話すガロードにシオンは一歩、引く。ミーニャンが大丈夫とはどういうことだろうかと。ガロードは「まぁ、もうそろそろ見つかるんじゃないでしょうかね」と笑ってない眼を向けた。

「それ、どういう……」
「シオンさんはご自身の心配をしたほうがいいですよ」

 貴女は〝人間界から落ちた人間〟なのですから。その一言を聞いてシオンは駆けだした、彼から逃げるために。

   ***

 アデルバートはシオンを迎えに森林公園までやってきた。芝生の広場のほうへと歩いていくと見覚えのある子供たちが集まっている。孤児院の子であるだろうとアデルバートが近寄ると丁度、サンゴとカルビィンが戻ってきたところだった。

「ミーニャンいない!」
「どうしよう……」
「何かあったのか?」
「あ、アデルバートさん」

 アデルバートに気づいたサンゴが「実は」とミーニャンがいなくなったことを話す。それを聞いたアデルバートは首を傾げて指をさした。

「彼女がミーニャンではないだろうか?」
「え!」

 指さされた場所、少し先にある遊具であるブランコに乗ってミーニャンは遊んでいた。アデルバートは一度、彼女と会っているので容姿を覚えていたのだ。言われて気づいたのか、「うそ!」とサンゴたちが驚きに声を上げている。

「待って、なんで! さっきも確認したのに!」

 サンゴは不思議そうにしながらもミーニャンのほうへと駆け寄る。ミーニャンはといえばサンゴたちの様子に「どうしたの?」と何があったのか分からないようだ。サンゴが「何処に行ってたの!」と叱れば、ミーニャンは「え?」と目を瞬かせた。

「ずっと、ここにいたよ?」
「え! そんなはず……」
「どうかしたのか」
「あの、ミーニャンがずっとここに居たって……」
「ずっとここにいた?」

 アデルバートはそれを聞いてミーニャンと視線を合わせるようにしゃがむと、「ずっと此処にいたんだな?」と再度、問う。ミーニャンは頷いて、「ここであそんでるといいよっていわれたもん」と答えた。

 ミーニャンの返答にアデルバートは少し考える素振りを見せると周囲を確認し始める。ブランコの木の板の裏などを見てから、柵へと視線を移して眉を寄せた。そこには紙が巻かれていたのだ。

 紙を手に取ってみるとそこには魔術に使用する魔法陣が描かれている。これは確か、目くらましの魔術でこの魔法陣の近くにいる存在を周囲が認識できないといった効果があるものだ。

 ふと、香る魔力の気配にアデルバートははっと気づく。

「君をここで遊んでいるようにと言ったのは誰だ?」
「えっとね、えるふのおにいちゃん」
「それってガロードさんのこと?」
「シオンは何処だ!」

 サンゴの問いを遮るようにアデルバートが声を上げる。それにサンゴは驚きながらも「ガロードさんと一緒に」と答えた。

「ガロードさんと一緒に森林のほうに探しに……」
「すぐにガルディアに連絡してくれ」
「え?」
「俺からの緊急連絡だと伝えれば通じるはずだ」

 急いでくれとアデルバートはサンゴに指示するとアデルバートは森林のほうへと駆けだす。訳が分からないサンゴではあったけれど、彼の様子に何かあったのかもしれないと急いで伝達魔法を組み上げて、ガルディアへと連絡を飛ばした。

   *

 シオンは森林の奥へと走っている。何処に向かっているかも分からないけれど、立ち止まれば捕まってしまうから。背後から楽しそうな声がしていて、シオンは振り返ることができなかった。

(ダメだ、これっ)

 自分が魔界から落ちた人間というのを知っているのは義父であるリベルトとサンゴ、カルビィン、それから教会の関係者、アデルバートや一部のガルディア勤務の魔族だけだ。限られた存在にしか明かしていないので、ガロードが知っているのはおかしい。

 もちろん、どこかで聞かれたのかもしれないがそれならば、あの場所であんな言い方をする必要はないのだ。どうして、知っていることを黙っていたのか、知らぬふりをしてきたのか、あの言い方をしたのか。

(血が目的だっ)

 魔界から落ちた人間の血肉は極上である。ガロードの目的が自身の血であることは鈍感なシオンであっても考えつくことだった。

 逃げなくてはならない。ただ、血を吸うだけならばいいが、相手が生かして返してくれるとは限らない。吸うだけ吸って殺してしまうかもしれない、生きていたとしても暴力を振るわれてしまうかもしれない、だから逃げるしかなかった。

 胸が苦しくなる、必死に呼吸をするけれど息は絶え絶えで、走るのすら厳しい。なんとか、なんとかこのことを知らせなくてはとシオンはペンダントを握り締めた。此処が何処か分からないけれど、周囲を見渡して映った景色を必死に念じる。

 ふと、背後からの笑い声が消えた。何かあったのか、シオンが振り返ったその時だ――目の前にガロードが立っていた。

 にぃっと不気味に口角を上げるガロードにシオンは飛び退くように距離を取って、駆けだそうとするも足に蔓が巻き付いた。がっしりと掴まれてしまい、身動きがとれない。

「そろそろ、追いかけっこも飽きてきたので終わらせましょうか」
「誰!」
「今はガロードですよ。本当の名などとうに忘れました」

 ガロードは何でもないように答えると髪を掻き上げると、するすると髪色が変わっていった。金髪から短い灰髪へと変わり、顔に触れれば顔つきが変わり、優しげな目元は吊り上がっている。真っ赤な瞳に光はなく、冷たくシオンを映していた。

 エルフの証でもある尖った耳は丸まって、口元からは犬歯がちらりと見える。別人に変身したガロードにシオンは言葉が出ない。

「変身魔術が得意でしてね、私。気配もエルフ独特のものだったでしょう? あぁ、貴女にはわかりませんか」
「え、貴方……」
「吸血鬼ですが?」

 にこりと笑うガロードだがシオンはそれどころではない。吸血鬼ならば、血が目的であるのは間違いなく、吸いつくされてしまう可能性があった。そんなシオンの考えを察してか、ガロードは「生かしてはおきませんよ」と告げる。

「人間界から堕ちた人間の血肉は極上と聞きますからねぇ。いったい、どれほど美味しいのでしょうか」
「吸いつくすの……」
「うーん、どうでしょう。一気に飲むのは得意ではないので……満足したら殺しますかね」

 生きていると面倒なのだとガロードは話す。同意なしに血を吸う行為、対価を支払わない等、ルールがまず面倒くさい。無理矢理に飲んだ後は相手の対処を考えなければならない。なら、殺してしまえばいい。

 死体はガルディアが片づけてくれるので楽だ。適当は気配を残し、自分は変身魔術と気配を変えて別人になりすましていれば見つかることもない。頻繁に殺人さえ犯さなければ見つかるまでに猶予があるのだからと、ガロードは犯罪を犯罪だとも思っていないような態度を見せた。

「ミーニャンがいなくなったのって!」
「あぁ、大丈夫ですよ。あの娘は遊具で遊んでいます。目くらましの陣の中にいるだけです。まぁ、そろそろ効果が消えているでしょう」
「なんで、そんな……」
「私、子供好きなんですよ。……単純で馬鹿なところが」

 大人の言うことに何の疑問も抱かずに聞いてくれるところが好きだ。簡単に利用できるので楽ができるとガロードは嗤う。

「どうしてそんなことをしたのか? また姿を消す頃合いなのですよ」

 ガルディアが捜査を打ち切ったわけでないことは知っている。ずっと同じ姿でいては何れ見つかってしまうかもしれない。だから数年に一回、姿を変えてまた隠れ潜む。それが今ぐらいで、また犯行に及んでもいいと考えたのだ。

「そんな時に貴女が人間界から堕ちた人間だと知ったので、せっかくだから味わってみようと」

 それは獲物探しに信者の振りをして教会に通っていた時だ。シオンがサンゴたちと話をしているのを耳にして、人間界から堕ちてきた人間だと知った。これは丁度いい、魔界に堕ちてきた人間の血を味わってみたいと思った。

 けれど、友人に義父に守られていてなかなか手が出せない。そこにガルディアの吸血鬼までやってきて、どうすればいいだろうかといろいろ手を考えては距離を縮めていった。苦労したんだとガロードは溜息を吐く。

「いろいろ考えたのですがもう面倒になったので、さっさと終わらせようかと」
「それでミーニャンを利用したの!」
「そうですよ。あの娘は勝手に動き回ると教えてもらったので丁度いいと」
「こんなことして捕まらないとでも思って……」
「捕まらない自信があるからやってますが?」

 変身魔術と気配遮断、気配を変える。これら全てに長けているのだから見つけるのは難解だ。そもそも、逃げ出すという行為が間違っている。街から出て逃げようと考えるから捕まってしまうのだ。

 ずっと姿を変えて街の中で身を潜めていればいい、堂々として怯える素振りを見せなければいい。下手なことをするから捕まってしまうのだとガロードは説く。

「前にもあった吸血事件、あれは愚かな犯行方法だ。あんな短期間のうちに連続で行うなど以ての外。変身魔術も気配遮断もできず、さっさと見切りをつけて逃げ出さないのも判断が悪い」

 つらつらと語るガロードの言っていることなどシオンには理解ができない。どうして血を吸って殺すことができるのかなど、理解したくもない。反省の色すらなく、むしろまた罪を犯そうとしている彼にシオンは震えた。

 話過ぎてしまったとガロード自身も思ったようで、「あぁ、そろそろ終わらせないと」と呟いてゆっくりとシオンに近寄る。

「私、生きたまま血を吸うの苦手なんですよ。悲鳴を上げられるのも面倒なんで……それではシオンさん、ごきげんよう」

 口角だけを上げて笑っていない眼を向けながらガロードが手を翳す。ふわりと淡い光の玉がシオンに飛んできて――弾け飛んだ。

「アデルさん!」

 シオンの前にはアデルバートが立っていた。光の玉を切り裂くように風の刃で飛ばして守ったようだ。彼の姿を見てガロードは苛立ったように眉を寄せる。

 想定外、いや予想よりも早いといった様子を見せるガロードにアデルバートは「お前が連続女性吸血殺人事件の犯人だな」と問う。ガロードはそれも知っているのかとなんとも渋い表情を見せた。

「応援を呼んである、もう逃げらない」
「それは困りますね……じゃあ」

 ガロードは指をぱちりと鳴らした瞬間、複数の光の玉が飛んでくる。アデルバートは風を盾のように纏わせると素早くシオンの足に巻き付く蔓を切り裂いた。動けるようになったシオンがアデルバートを見遣れば、「隠れていくれ」と指示をされる。

 この場にいては足手纏いであることはシオンでも分かることなので、急いで木の影へと身を隠した。

「あー、本当に面倒くさい。さっさと片付けてしまいましょう」

 魔術を展開していくガロードにアデルバートは風の盾で身を守る。飛んでくる光の玉は風の盾によって弾かれて、風の刃がガロードへと放たれていく。風の刃を光の玉で受け流し、ガロードは自身の爪を刃のように伸ばすとアデルバートへと向けた。

 すっとアデルバートの頬を掠めるが、その隙にガロードに拳を入れる。腹部に入った殴りにガロードは小さく呻くと距離を取った。

 すっと赤く煌めく瞳、アデルバートが吸血鬼として戦っているからだろう。いつもと違って鋭く怒りのような色を含んでいる。

「貴方だって彼女の血を啜っているじゃないですか。ごちゃごちゃと理由をつけて。私だって吸っても構わないでしょう」

「同意なき吸血行為は禁止されている。それにお前はただ血を吸うだけじゃないだろう」

「そうですね、生きていると面倒なんで」

 そう返してガロードはまた光の玉を飛ばし、アデルバートへ攻撃をしかけた。風の盾が身を守り、風の刃が反撃に向かう。攻撃を避け、迎え撃つ、両者ともに一歩も引く気を見せない。

 複数の光の玉が乱れ飛ぶ、それらを撃ち落とす風の刃。鋭利な爪がアデルバートを襲い、跳ね返す。少しでも隙を見せれば怪我ではすまない状況、ふとガロードは何かに気づいたのか舌打ちをした。

「貴様、時間稼ぎを!」

 ガルディアの到着に気づいたのか、ガロードは眉を寄せてアデルバートを睨む。アデルバートは風を纏わせてガロードの行動を制限するように立ち塞がっていた。

 このまま、此処に居ては捕まってしまう。ガロードは苛立ったように、けれど何かを思いついたように目を細めて――飛んだ。

 何をするのか、アデルバートはすぐに理解しガロードの前へと走り立つ。ガロードはシオンに刃のように鋭利な爪を向けていた。彼は思ったのだろう、ただで逃げるぐらいならばと。

 鋭利な爪がアデルバートの肩を切り裂いた。突き刺さる爪にアデルバートはガロードの腕を掴む。拘束から逃れようとガロードはアデルバートの腹をもう片方の爪で引っ掻いた。

 痛む傷などアデルバートは気に留めないようにそのまま地面に叩きつける。風の力も交わりその威力は強まったのか、頭を強く打ってガロードは動かなくなる。

 アデルバートは生きているか確認するようにガロードの身体を起こす。どうやら気を失っているようだ。ガロードの身体を風で拘束したアデルバートは小さく息をつくと肩口に触れる。コートは引き裂かれて血が肩口や腹部から流れていた。

「アデルさん、怪我!」

 シオンはアデルバートの様子に慌てて駆け寄る。痛々しい傷跡に手当てしないといけないは見て分かるのというのに、アデルバートは「問題はない」と言う。「問題がないわけはないでしょ!」と思わずシオンは突っ込んでしまった。

「アデルさん、これ問題ないわけないから!」
「大丈夫だ」
「大丈夫って、どうして盾になるみたいなことしたの!」
「シオンを守るためだが……」

 あの場ではこうするのが良いと判断したのだとアデルバートに言われて、シオンはそうだったとしても納得ができなかった。傷つく選択をする、それは下手をすれば死ぬかもしれないないのだから。

 ガルディアで働くのだからそういった危険も覚悟の上なのだろう。こうやって身を挺して守ることだってあるとは理解できるけれど、自分の身を大事にもしてほしいと思ってしまう。でも、それは自分がこの場にいたからこういう結果になってしまったのだというのも分かってた。

「誰かを守るためにこうやって身を犠牲にするのもガルディアに努めなんだろうっていうのは分かってはいるけど……」

「シオンを守れるのならば多少の傷は気にしない」
「いや、なんでそこであたしが出て……」
「大切な存在を守りたいと思うのは当然だ」

 はてとシオンは言っている意味が分からずに見つめると、アデルバートは何かおかしいことを言っただろうかといったふうな瞳を向けていた。

「どういう意味?」
「いや、愛しているからこそ、守りたかったんだ」
「……はぁ?」
「……あ」

 あっとアデルバートは口元を押さえる、それはまるで口を滑らしたといったふうで。

 暫くの間、アデルバートの言葉が頭を何周か巡り、シオンは「はぁ!」と声を上げた。彼を見遣れば口元を押さえたまま、目を逸らしている。

「待って! え!」
「……すまない」
「謝られても!」
「おーい、そこのお二人さん大丈夫?」

 シオンがアデルバートに詰め寄っていると声がかけられる。声の主はバッカスで、その後ろからは見知らぬ魔族たちが数人立っていた。アデルバートの足元で倒れて拘束されているガロードを見て駆け寄ってくる。

 ガルディアの魔族だろう彼らは気絶しているガロードを確保すると、アデルバートに「ご苦労様です」と頭を下げていた。

「この吸血鬼の身柄はこちらで預かります。アデルバートさんは傷の手当てを終え次第、フェリクス指令に報告を」

「了解した」

 びしりと魔族たちは敬礼するとガロードを抱えて森林を抜けていく。残ったバッカスはアデルバートに「私はお前がちゃんと手当てするかの見張り」と指さす。

「お前、まーた無茶したな」
「……シオンを守るためだ」
「そのシオンちゃんになんか詰め寄られてたけど?」
「……」
「……」
「え、なんで二人とも黙るの?」

 黙って顔を背ける二人にバッカスは突っ込むが、シオンもアデルバートも何も言わない。シオンはただ、アデルバートの言葉の意味を理解してしまって混乱しているからなのだが、彼はまた別の意味で黙っているのだろう。

 何かあったのだろうと察したのか、バッカスは「とりあえず、二人ともガルディアに行くぞ」と話を切り替えた。

「シオンちゃんには事情聞かないとだし、お父さんにも連絡して迎えに来てもらわないと」
「えっと、そのー」
「あ、事情を聞き終えたら後はこっちでやっておくから、シオンちゃんに負担はないのでそこは安心してくれ!」

「あ、はい」
「ほら、お前は固まってないでさっさとシオンちゃんをエスコートしろ」

 さっさと行くぞと固まっているアデルバートを小突いてバッカスは背を押す。彼に着いていくようにシオンは森林を出た。

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