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ヴァンパイアらばぁあ!―魔界に堕ちて恋を知る― 十四話

十四.第九章①:両親との邂逅

「あ、ダリウス様!」
「……バッカスか」

 ガルディアの各部署に通じる廊下でダリウスと呼ばれた浅葱色の髪の老紳士は向き直る。誰もがその老紳士とすれ違うたびに頭を深く下げていく中、バッカスは緊張したように背筋を伸ばした。ダリウスは吸血鬼の中でも上位に位置する存在だ、下手な態度を取ることは許されない。

「何か問題でもありましたでしょうか?」

 ダリウス自らがガルディアを訪れたということは余程のことだろうとバッカスは内心、冷や冷やていた。ダリウス公を動かすほどのことを仕出かしたたか、怒らせたか。こちらに飛び火しないとも限らないからだ。

「いや、たまたま近くを通ったのでな。署長に挨拶がてら息子にも声をかけようと思ったのだ」

「アデルですか? あーアデルは今、外に出てます……」

 そういうことかとバッカスはほっと胸を撫で下ろす。そう、アデルバートはダリウスの息子だ。それを知らない者はこのガルディアにはおらず、常識とされている。バッカスは「今、別の任務で外に出てます」と答えるとダリウスは少し眉を下げた。

「そうか、残念だ」

 落ち着いた声音で呟き、入れ違いかとダリウスは少し考える素振りを見せてから、バッカスに「最近、アデルはどうしている」と息子の様子を問うた。

 ここ最近、アデルバートから連絡はなく、会うことさえできていないと言われて、バッカスは「あいつ避けてるな」と思ったけれど口には出さなかった。アデルバートとダリウスの親子仲があまりよくないのを知っていたので、想像ができたのだ。

 黙っているわけにもいかなず、バッカスは「ちゃんと仕事してます」と当たり障りないことを答えておく。

「息子はどうだね。迷惑はかけてないか」
「迷惑なんてとんでもない! むしろ私が頼り切ってしまってますよ」
「そうか。仕事はちゃんとしているのだな」
「はい! 職務はちゃんと全うしていますし、公私共に順風満帆だと思いますよ!」
「公私共に?」

 バッカスの言葉にダリウスは眉間に皺を寄せる。静まり返る廊下に周囲にいたガルディアの職員たちは一斉に飛び退いた。それほどにその表情は恐ろしく、纏っていた空気が冷えたのだ。この時、「あ、しまった」とバッカスは後悔した。

          ***

「父上にシオンのことを話したのか」

 アデルバートの鋭い眼差しにバッカスは頭を下げるしかなかった。

 ガルディアに戻って自分のデスクに向かうや否や、土下座するバッカスにアデルバートはまたやらかしたのだろうとすぐに理解した。理解したがそれがシオンのことだと知らされて、アデルバートはそれはもう深い溜息を吐いた。お前は何を仕出かしたのだと言うように。

「す、すまん……口滑らした……いや、律儀なお前のことだから父親に話したのかと……」
「話せると思うか?」

 その言葉にバッカスは黙る。アデルバートが愛した存在は人間で魔界に堕ちてきた存在だ。ダリウスは人間が嫌いというわけではないにしろ、あまり好んではいなかった。

 魔界に堕ちてきた人間を一部の魔族は「異端児」として扱う者もいる。前に一度、ダリウスは人間のことをこう言っていた。

『弱いというのに死に抗いながら生きる哀れなモノ』

 それは人間を弱者として見ている言葉だった。代々、吸血鬼同士で血を繋いでいたのだから、そこに魔界に堕ちてきた人間が入るのを許してくれるのか。ダリウスの人間への態度にアデルはまだ言い出せなかったのだ。

「シオンちゃん、良い子だし大丈夫だと私は思うけどなぁ」
「シオンは悪い人間ではない。ないが、父上が気に入ってくれるかは……」
「ダリウス様、厳しいし……どうすんだよ、お前……」

 ガロードの事件をきっかけに恋人になることはできたが、アデルバートにはまだ難問が残っていた。それが父にどうやってシオンとの交際を認めてもらうかだった。いずれ、シオンを紹介しなくてはならないことはわかっていたが、先に母親を説得してからにしようと思っていた。

 父が母に多少、弱いことをアデルバートは知っている。母を味方につけることができればなんとかなるかもしれなかったのだが、その前に知られてしまった。

「まだ、交際してから日が浅い、もう少し経ってから母上を説得しようと考えていた。というのにその前に父上に知られてしまった」

「いや、それはすまないって……。確かに日が浅いからまだ言わないか……。言いにくいが……ダリウス様、しっぶい顔してたぞ」

 バッカスは隠すことができず、魔界に堕ちてきた人間の女性と付き合っていることをダリウスに話した。それはもう渋面になっていたのだと思い出しように言う。あの息子がかと多少の驚きもあったように見えたが、真意というのは分からなかった。

「会わせろといいかねない……」
「だろうなー」

 一人息子の恋人を見定めたいと思うのは親ならばあることだろう。ダリウスならばすぐにでも会わせなさいと言ってくるのは目に見えていた。しかし、できれば日を空けたい、母に話してからにしたいのだ。何となくではあるが、母ならばシオンに興味をもってくれるとそう感じたのだ。

「お前のとこの母君は好きそうだよな」

 アデルバートの母は人間のことを嫌ってはおらず、面白い種族だと思っているのかよく人間の話を聞きたがる。母の知人には少なからず人間の御婦人がいて、友好関係を築いていた。

「でもあの方のことだから歪んでるぞ」
「……わかっている」

 母は愛情が少し歪んでいる。気に入ったものは捕らえて離さないそんな性格である母にシオンが気に入られればどうなるか、不安はあった。それでも先に母に話しておかなければ、興味をもってもらわなければならない。父を説得するには母を味方につけなければならないのだから。

「今すぐってわけでもないし……」
「そう思うか?」

 俺はそうは思わないとアデルバートは悟ったふうにしてみせれば、蝶々が飛んできた。それは伝達魔法で、アデルバートが触れれば文字が宙に浮かぶ。

『ダリウスが貴方とその可愛い恋人に会いたいらしいわ。とっても気になる様子なの。時間を作ってくれるわよね?』

 それは母からのものだ。予想通りといったところかと、アデルバートはまた溜息をつくと母に「話したいことがあるから」と時間を空けてくれるように返事を送った。

   ***

 シオンは緊張していた。時は数日前に遡る、それは採血の日だった。恋人という関係になったシオンだが、それまで通りいつもと変わらない接し方をしていた。恋人になったとて、何をすればいいのか分からなかったのだが。

 それでもアデルバートは文句を言うこともなく、優しく接してくれていた。いたけれど、なんとも言いにくそうに話を切り出した。

『父上がシオンに会いたがっている』

 アデルバートは簡潔に経緯を説明してくれて、シオンは大体の事を理解した。父が人間をよく思っていない節があることにシオンは少しばかり不安になる。付き合っている以上はいずれ、会うことになるとは思っていたけれど、早いなと考えているとアデルバートは「すまない」と謝った。

『もう少し間を空けたかったが父上を待たせることはできないんだ。ただ、母上には話を先に通してあるから大丈夫だと思う』

 母を味方につけられれば父をどうにかするのは容易らしい。妻には甘いってことなのかなとシオンは解釈して両親と会うことを了承した。

 それから今現在に戻る。アデルバートに案内されたのは街から少し離れた場所だった。氷雪が彩る裏山を背に建つレンガ調の屋敷は遠目からでも目立っている。周囲に家はなく、広がる花畑の道を進んだ先の門を通り抜けて少し歩くとやっと屋敷の玄関にたどり着く。それほどにこの屋敷の敷地は広く、シオンはついきょろきょろと見渡してしまう。

 執事とメイドが深々と頭を下げて玄関だろう大扉を開けた。エントランスに恐る恐る入ればシオンがその光景に眩暈がした。金銀と散りばめられた調度品に風景画が壁に掛けられ、豪奢なシャンデリアが室内を照らしている。

 真っ赤な絨毯には埃一つなく、それがまた眩しく映った。シオンは思わず、自分の服装を確認してしまった。今日はアデルバートの両親に会うということで、リベルトから服を下ろしてもらっていたのだ。

 黒を基調とした生地に繊細なレースがあしらわれているゴシックドレスはシオンにとてもよく似合っている。教会を出るまでの間、話を聞いたサンゴとカルビィンに何度も「大丈夫、服装ばっちりだから!」と励まされたけれど途端に自信を無くしてしまう。

「旦那様は少し遅れるかと……」
「母上は……」
「わたくしなら此処にいるわ」

 そう声がして振り返ると一人の女性が立っていた。長く綺麗にカールされた灰髪によく映える赤い瞳が印象的な、誰もが見惚れてしまうような女性が赤いゴシックドレスを纏いアデルバートを呼ぶ。

 アデルバートが「母上」と呼んだことでシオンはこの女性が母親なのだと知る。若々しく見えるので驚いたように見つめていれば、にこっと微笑まれた。

「初めまして、お嬢さん。わたくしはカーミア、アデルバートの母よ」
「は、初めまして、シオンですっ」
「ふふ。緊張しているのねぇ……可愛いわ」

 慌てて挨拶をするシオンの様子にカーミアは口元に手を添えながら笑む。ほんの一瞬だった、綺麗に笑う彼女を見て背筋が冷える。えっと、目を瞬かせるとアデルバートが「母上」と鋭い眼を向けていた。

 そんな目を向けてくる息子を特に気にしていないのか、カーミアは「あら、何のことかしらね?」と小首を傾げる。

「人間界から堕ちてきた人間なんて、何年振りかしら。それも若い娘なんて……」
「その……」
「あぁ、いいのよ。貴女はただ、質問に答えてくれればいいのだから」
「質問?」

 シオンが問い返すとカーミアは「そう質問」と目を細める。笑っているようには見えないその瞳にシオンは思わず、一歩後ろに下がった。

「来たか」

 シオンがカーミアに少しばかり恐怖を覚えていると声がかけられた。カーミアの背後から一人の男性がやってくる。アデルバートと同じ浅葱色の髪をオールバックにした老紳士が黒いマントを靡かせながらゆっくりと。

 カーミアが「あら、ダリウス」と手招きをし、アデルバートが少しばかり警戒していた。シオンは「あぁ、この方がお父さんか」とすぐに察する。背筋を正して頭を下げながら挨拶をすると、ダリウスの厳しげな眼と目が合った。

(あ、これだめかもしれない)

 そう思うほどにダリウスは厳しい目を向けている。なんと声を出せばいいのか、シオンは分からず黙って言葉を待つ。少しの間、アデルバートが口を開きかけてダリウスに遮られた。

「魔界に堕ちてきた人間……血肉は良質だろうな」
「父上」
「血統というのは大事なことだ」

 血統によって魔力の質というのは変わる。優れていればそれだけ魔術に長けた子が生まれることだろう。ダリウスは言う、「これは重要なことだ」と。

 血の重要性を説くダリウスに「それはいいじゃない」とカーミアは会話に入るとシオンの手を取った。子が産めるかなんて後で調べればいいことだ、今の話はそこではないと彼女はダリウスに問う。

「貴方、この娘をどう思ったかしら?」
「弱々しく見えるな」

 ダリウスは迷いなく答えた、この人間は弱く見えると。人間というのは魔族から見れば弱い者ではあるのだが、その見てきた中でもなんとも弱そうに見えるのだという。

 見た目から言えばシオンは小柄で華奢なので弱く見えるのは仕方ないことだった。身体も強いかと問われると自信というのはないので、そう言われても言い返すことはできない。

「この人間で良いと判断しかねる」
「父上、人間を見た目で判断するのはやめてほしい」
「血肉が良質なだけでは意味がないのだ」
「そういうことでは!」

 アデルバートが声を上げるとダリウスは少しばかり驚いた表情を見せた。それはお前が父に物を申すことができたのかというように。明らかに怒りを向けている息子にダリウスはふむと顎に手をやった。

「ねぇ、ダリウス」
「なんだ」
「少しシオンとお話してもいいかしら?」

 カーミアは「気になるのよ」と微笑めば、ダリウスは「好きにするといい」と返す。

「私も少しアデルバートと話をしよう」
「そうするといいわ。じゃあ、行きましょうか……シオン」
「えっと、はい……」

 シオンは手を引かれるがままにカーミアについていくしかない。ちらちとアデルバートのほうを見遣ると彼はなんと申し訳なさげにしていた。

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